久方振りの更新を恥ず。」猛暑の文月は去り、今日より葉月。連日の暑さに熱中症にての死亡は60人に迫る勢いなり。我も日々心身に疲労、蓄積す。世界においても、気象異常のニュースあり。今年は、戦後65年目の夏を迎える事となる。日本国は民主主義の一等国となれり。しかし、それは制度としてのみである。人民主義の精神からは、成熟した民主主義国家とは到底言えない。開国以来、明治人の模倣、勤勉、努力、切磋琢磨によって近代国家の道を歩んできた。先人に唯、頭を垂れる外有るまいと思う。鎖国を解き国を開いた武士道の幕末の人は、"和魂洋才"を標榜したのである。しかし、時代が下るにつれ、その精神は次第に失われてしまった。戦後は、それが特に顕著になってきている。悠久の時を経て醸成、受け継がれてきた精神風土は今や、傍観すれば朽ちてゆく運命の瀬戸際なり。暑き故、思考するも億劫となれる由。一先ず筆を置く事とす、続きは近日中を考慮す。失礼。
流石に五ヶ月近く立ち寄らずにいると、何から記してよいのやら見当もつかず。
世間では政権が自公連立から民主党へと変わり、まずはそのお手並み拝見といった按配なり。
現在、この選択が国民にとって凶とでるか吉とでるか、見守るしか術なし。唯、性急な事業仕分け
なるは、パフォーマンスとの臭いあらんかな?前政権との差異を際立たせようとの焦りを些か感ず。
来年度の前政権の当初の予算の膨張を圧縮せんとの事情によるものと思われる。変革は時として
民衆の力を結集して果たされるが、それが常に必ずしもよい結果をもたらし、民衆自身がそれを享受できるとは限らない。民主政治は衆愚政治に陥る危険性を孕んでいるからである。多数決の議会制民主主義は常に民意を汲み取っているとは限らない。無党派、市民派などという語のロジックに惑わされてはならぬ、政に携わる者も民衆も!民意、常に的確と正鵠を願うは、甚だ難し。羅針盤なき日和見 主義のジャーナリズムに洗脳され、良識の民意は犠牲を強いられる定めにある。”一盲、衆盲を引く”の言葉の如し。久方の訪れに、少々記しおく。
今日は、これにて失礼を仕るなり。されば、ごきげんよう。
随分と更新せずに、ほっぽっていたので埃が積もっている、
かつての部屋を訪れた様な心境なり。水無月は6月の異称にて。
これからの暑き季節の到来を思うと、心萎える想いありたり。
"志は高く、暮らしは低く"ありたし。"少欲知足"(欲少なくして、足るを知るなり)
人は少々、富裕になると志を忘れ、卑しき心出来する生き物なり。
以上、徒然に心に浮かび事、綴りて日は暮れ逝く。
