34時間のお産を終え、部屋を変わって、ベットで横になっていると、すでに朝食が運ばれてた。9年前は、メニューから選んで自分で注文する感じだったけど、健康食に近づいたメニューで嬉しかった。


旦那も戻ってきて、ベビーの面倒を見てもらう。2日ぶりに子供たちにも再会。私の弱々しい姿を見て、少し心配していたけど、妹に会えて喜んでいた。

初日の夜は、朝3時頃までナースにベビーを預け、自分はぐっすり眠る。
翌日にも退院出来るようだったけど、体を休めるため、もう1泊することにした。その夜は、朝4時まで寝てくれない。きっとお腹が空いてたから。液体ミルクもあげた。

でも、退院日にはミルクが出てるのを確認出来、産後3日目からは母乳のみで今のところ対応出来てる。

家に帰ってきてからは、これでもかっていうくらい良く寝てくれてる。やっぱり自分のベットは寝やすい。旦那も夜間手伝ってくれる気満々だけど、出来れば自分でやりたいと思い、今のところやってる。その分、日中はお昼寝をさせてもらってる。義理の両親も来てくれてて、いろいろごちゃごちゃもあるけど、いてくれるとやっぱり助かってる、特に義母。

体の回復は、腰痛が酷かったり、母乳あげてるときの子宮の収縮の痛みが酷かったりで6時間おきの痛み止めが欠かせなかったけど、5日目でだいぶ落ち着いてきた。なんせ高齢出産だから、意識して動かないようにしないと、いろいろやりたくなってしまう。でも3週間は我慢しようと心に決めてるけど、どうだろう。。


忘れないうちに、いや忘れられない出産をここに記録しておこう。

9月17日午前5時49分に、第3子となる次女を無事に出産しました。

9月15日日曜日の夜6時に病院に入院しました。
窓つきの1番良い部屋に案内され、9年前の健の時の時とは、全く違う感じでした。

病院服ガウンに着替え、点滴を始め、8時頃からまずは子宮口を広げる風船を挿入することから始まり、またこの作業が痛いのはわかっていたけど、少し時間がかかり、なんとか終了。

最初は旦那も居たけど、子供たちが心配な私は、家に帰ってもらい、私1人でその夜は病院で過ごしました。

少しずつ子宮口が開いていくと同時に、軽い陣痛が始まりました。風船は自然に出てくるものだけど、私の場合は、けっこう時間がかかっていて、夜中2時頃から、陣痛促進剤を投入し始めました。

朝になっても、子宮口の開きぐあいは4cmほどでなかなか進まず、促進剤の量を増やしていき、お昼頃にはけっこうな陣痛の痛みがあり、これはもう我慢が出来ず、麻酔を使ってもらい、痛みは全く不思議となくなり、リラックスすることが出来ました。3時過ぎに、お産を進めるために、破水させたのは良いけれど、今度は子宮口からベビーの頭がなくなり、そこからは、数時間おきに子宮口の中の確認をいろんな人に確認され、その度に激痛が伴う。。この時点ですでに入院して1日が経ってしまった。ベビーの位置も良くなく、左脇腹と股にも激痛が走り、麻酔薬も増量してもらう。

その激痛の度に、涙と叫び声を出してしまい、ベビーの向きが変わるようにいろんな格好で運動したり、もう痛みに耐えられないから、最後の選択肢は何か聞くと、羊水がなくなったので、水を再投入して、運動してみようとなった。もうその頃には、2日目に突入し、お医者さんも看護士も徹夜で私たちに付き合ってくれた。なぜこんな長時間ここまでやるかと聞くと、過去2回の出産が自然分娩だったからだのこと。

私達も医者も看護士もほぼ帝王切開になるなと思いながらも、子宮口の最終確認をしたら、全開になっていて、ちゃんとベビーの頭も見えるということ。あとは、私が息むのみ。その前になんとなくお腹全体が痛い感じはあったけど、まさかの奇跡的なことがあるとは‼️急いで、準備に入り、2回くらい息んで、ベビーとご対面笑い泣き笑い泣き

この34時間の過酷な出産と奇跡は一生忘れないと思う。最後まで諦めずに寄り添ってくれたお医者さんと看護士さん、支えてくれた旦那にも感謝の気持ちでいっぱい。もちろん、ここまで頑張った自分にもたまには誉めてあげたい。。よく頑張ったえーん