Living alone 

in  the housing complex 70s

 

団地で一人暮らしの60代改め70代

 

自分史 5

事業の失敗を経て

 

T町を出て 

最初に向かったのは O市

(O市は 親族がいたから)

 

ここで人材派遣屋から 

「新日鉄」の工場に 

派遣され2か月過ごした。

(道幅100mの作業道路を

溶けた鉄を運ぶ100tトラックが行き来する

その重量で 道路が 長く持たないから

補修が絶えず必要になる)

 

2か月後 M市に移り

T町の実家に預けていた妻を

M市に連れてきた

(M市に かかりつけの病院があったから)

 

Mu建設に入社 ここに4年半 務めた

ここでの仕事は

県営団地の管理と住宅の設計施工

会社都合で退職

 

妻はM市に来て1年後に亡くなった

 

失業保険を受給しつつ

「ポリテクセンター熊本」

(職業能力開発促進センター)に半年通った。

10個の訓練コースがあり費用は無料

 

しかし 仕事はなかなか見つからず

人材派遣の仕事についていた。

 

建設会社 Sinに入社 ここに4年 務めた

ここでの仕事は

ビルや生鮮スーパーチェーンの店舗の施工管理

会社都合で退職

 

失業保険を受給しつつ求職活動

短期の臨時職をいくつかやった

 

その後 県の土木事務所で

6年契約の嘱託の仕事についた

(その2年後、東北大地震が、発生した)

 

この後 警備会社に10か月ほど勤め

 

市の上下水道局に嘱託が決まり

2年間務めた。

(入所して 2週間も経たないうちに

熊本地震が、発生した)

これにて 自分史は終わり

 

 

年金の話

 

年金は 63才から 全額受給を決めた

私の年齢では 

掛け金に見合う年齢は 80才

 

国は 遅く貰うことを

奨励しているが

高齢になって貰っても意味がない

遅ければ遅いほど

国は出費が減るから 万々歳

 

早く貰って

元気なうちに 

海外旅行にでも 行って

いい思い出を 作ったほうがいい

 

辛抱して 働いて

行きつく先が

「熟年離婚」では 人生報われません

 

そういうことも 考えておくべきです

 

「ボーッとしてんじゃねえよ!」という話

 

66才で勤めを辞め 年金のみの生活に入った

 

あと1年勤められたが

ここで辞めてなければ

( 辞めて8か月後には 

  ガンが発見されていたことになる 

  早く辞めて 正解だったといえる )

 

これにて 自分史は 終了

 

 

気ままに撮影

隣の病院

喫煙所にある 避難器具

 

 

 

 

 

 

リクエストメニュー

シチュー

 

勝手に名言録

「トウキョウ」というファンタジックエリアだけには

予算を じゃぶじゃぶ注ぎ

麗々しく、飾り立て

『日本は素晴らしい』と信じこませる

中略

「でも 彼らは驚くほど現場を知らない

中略

初めて その後、市民たちは

問題に築く

それは、官僚たちが誘導した

小手先の改革もたらした結果なのだ

だが 市民たちは本当の原因に気づかない

そして 官僚たちの誤った判断に

抵抗もしない

それは 官僚たちの判断を

消極的に支持することになる。

こうして お人好しの市民は

自分たちの首を 絞め続けている。

そして そのことに気づかないまま

日々を過ごしているのだ。

  「ジーン・ワルツ」 海藤 尊

( バチスタ や ゼネラル・ルージュ の作者)

 

 

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 One-Man Silver Army   

一人人だけの老兵士)