HEINE0924's dairy(仮)

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ご訪問ありがとうございます。

三十路が自分自身の日常や過去の話、愚痴こぼしなど時には堅苦しく、時にはゆるく綴りたいと思います。

文字量は原稿用紙2枚ぐらいです。

肩の力を抜いて綴りますので、読む方も肩の力を抜いて読んでみてください。

晴れて新社会人となり、新しい環境で生活が始まった。現代の百科事典Twitter(現在X)によると、数多の社会人の先輩たちが、新社会人に向けて生き字引の如く、ありがたいつぶやきが溢れていた。 



社会人になると、朝起きて仕事して家に帰るだけの生活が基本だ。


本当かよ?HAHAHA〜


まさしくその通りだった。電車通勤で約1時間の通勤し、始業は10:00〜。退勤は日によってまちまちだったが、家に着く頃は21:00〜22:00ぐらい。寄り道はできるが、そんな気力はない。寝て、ご飯を食べて仕事に行くルーティン。

 

これならワンルーム3畳でも支障はない。ご飯食べるスペースと寝るスペースさえあればいい。引っ越しも検討したが、残念ながらその費用はない。また家賃の額が見合っておらず、これも地味にストレスとなっていた。(この会社には半年も経たずに退職した)


更に悩まされていたのが、下の階の住人が絶妙にうるさく迷惑だったのだ。木造の古いアパートというのもあり、下からの物音が聞こえる。大学生ぐらいの男で、オンラインゲームをしてるのか、話し声と音痴な歌が否が応でも聞こえる。たまに夜中でも迷惑な歌声を披露してくるのだ。あとくしゃみがやたらうるさい。(定期的に雨戸と壁を叩いたり、不動産屋にも報告しましたが、改善されず)

 

このようなことがあり、このアパートに愛着は薄れ私生活も乱雑になった。住めば都というのとはなんだろうか。この時の月収の低さにも悩まされていた。八方塞がりの負の沼にハマり意気消沈してるが、着々とこの沼から抜ける準備と体勢が整っていた。

 

もしこの時の自分に会えるのなら、よく耐えている。もう少し耐えれば報われると言ってやりたい。

週頭のことだった。近況報告のブログで9連勤が終わった休みの日だった。以前より(1年程前ぐらい)iPhoneを変えたいと言っていたが、このタイミングで新しいiPhoneを買うことを決意したようだ。プチ繁忙期が終わったタイミングか…というのもあったがようやく日頃言ってた新しいiPhoneにしなよ、のお節介なジャブがついに行動に移った。



お互い物持ちがよく、壊れたり困ったりしない限りは新しいものへと変えない。私はホームボタン付きのiPhoneを使っていたが、2年前にiPhoneを買い換えた。妻はコロナ前に発売されたiPhoneを今まで使い続けたのである。(その期間は目新しい機能や、そそられる要素も少なかったというのもある)



いざ近くの家電量販店にて目星をつけていたiPhoneを買おうとしたが、生憎目星をつけてたiPhoneの在庫がなく予約しても1ヶ月先になるというバッドタイミング。

店員さんの助言?で都心のApple Storeなら在庫を抱えているはずとのことだったので、急遽行く予定になかった都心へ行くことになった。家のリフォーム番組のナレーションみたく、何ということでしょう状態である。



それでも1時間弱かけて都心のApple Storeへ行き、スタッフの方にアテンドしてもらい漢の一括払いで無事に妻のiPhone購入した。(ついでに私もiPhone Airを購入しようかと思ったが断腸の思いで断念)ケースもガラスフィルムも購入し、すぐに使えるようにセットアップした。



新しいものを買ってセットアップすることは、何歳になっても楽しいものである。それと同時に自分自身が一歩大人になったなと思った。誰かのために大金を出して、ものを買えるようになったのだ。小学生の時にゲームキューブをイトーヨーカドーでねだって買ってもらったことがあった。その時の思い出が蘇った。父もこんな心情だったんだろうなと。改めて両親の偉大さを知る。



鼻歌を歌うほど嬉しかったのか、妻は新しいiPhoneをお気に召したようで何よりだった。これはこれで良しか。

夫婦仲は、妻がご機嫌なら安泰というのもある。

それに加えて嬉しい副産物があった。漢の一括払いが効いたのか、何か私も高額商品をおねだりできる権利を得た。さて何をねだろうか。

一人暮らしを始めて2年ほど経った頃だった。引越ししたての時よりもだいぶやることが、安定してきた。それに加えて、好きな人が私の住んでるアパートに来る。何という素晴らしい一大イベントなのか。生きててよかった。ありがとう神様。この言葉に尽きる。普段よりも丁寧に掃除し、迎え入れた。実家住みにはない一人暮らしのアドバンテージである。お陰様で1年生、2年生の時よりも交友関係が広まった。この時が大学生活で一番エンジョイできた年だった。

 

遅い青春も過ごせられたが、大学生活もそろそろ卒業になってきた。4年生は就活と卒業に必要な単位を取るため過ごした。1〜3年生の時に粗方単位を取ったので、週に2回ほど大学に行くほどで済み、ある程度就活に注力することができた。しかし、何度もお祈りメールをもらい幾度を心挫けた。就活を終えられたのは、年明けてだったので他の人よりも遅かったとは思うが、とりあえずひと段落することができた。

 

卒業者発表の時はアパート一人正座してパソコンを起動する。必修の授業漏らしてないよね?とか、やれ卒業認定の単位取れたかなどそわそわしながら見た。いざ開帳。無事に卒業できた。両親よありがとう。


晴れて大卒の肩書を得ることができた。同時に4年間のモラトリアム生活も卒業。あの長い夏休みと春休みはないのか。(その後、すぐ新卒で入社した会社を退職し、転職先でも1ヶ月休職するとはのちの話)

 

卒業旅行を満喫したため、引越しするお金はなかった。なので社会人として働いて、いずれ引越しする方針となった。まだこのアパートに住み続けることになった。大学生の時は楽しくワイワイ過ごせたが、社会人になったら一体どういう生活に変わるのか。

 

しかし、約5年間ワイワイとは反対の生活になることは、この時知る由もない。