FIGHT FOR JAPAN DREAM JAPAN GP 201バンタム級日本トーナメント
2011/5/29@さいたまスーパーアリーナ
実は“闘うフリーター”というキャッチコピーは、職業=フリーターでなくなった今もなお言い得て妙に、所英男の生き方そのものを表しているようだ。自分の信じた道を自由に進んでいく・・・人生=フリーター。心機一転、33際にして、遂に独立を果たした所英男はまるで水を得た魚のように、そして今までとは比べものににならないほどの自信を感じさせる佇まいで、リングに立ち、二度に渡って勝ち名乗りを上げてみせた。
2011年に入り、日本MMAメジャー舞台がストーブリーグ状態にある間に、所は身の回りの準備を進めていた。
選手の名前に続く()は自身の所属先を表す。所はこれまでのキャリアで幾度も()内の記載を変えてきた。ジムの名であったりチーム名であったり、所属プロモーションであったりしてきたが、今回また新たな表記になっていた。そしてこの表記は今後現役生活を続けていく上でもう変わることない、最後のものになるはずだ。
「リバーサルジム武蔵小杉 所プラス」
そう、遂に所は自身のジム、己の城を構えることになった。
ひと昔前のプロレス時代なら、人気あるエース選手は自分が主役となる団体を旗揚げし、所属選手をかかえ、興行を開催していくことを生業としてきたが、今は時代が違う。格闘技、特にMMAでは現役ファイターでありながら自らのジムをオープンする動きが主流である。大方の実績ある選手がそうしていく中で、所もようやく仲間入りを果たした。
自分が代表となり、ジムを経営していく。当然ジムの収入は会員の数と比例することになり、その数は代表たる自分の活躍っぷりと人気っぷりと比例することになる。
そこで責任感が生まれない訳がない。男33歳の起業が所を奮起させる大きな要因となったはずだ。
そして同時に所はマネジメント会社をも新たにした。格闘技プロデビュー時のホームリングだったZSTから独立し、プライベートでの親交深い内藤大助が所属する会社に籍を移した。となると今後内藤と同様にリング外での芸能活動で所の姿を目にする機会も増えるかもしれない。早速、DREAM大会直後にオンエアされた『開運!なんでも鑑定団』では番組オープニングコーナーに紹介ビデオと共に登場した所の姿を見ることができた。
TBS全国ネット中継で好視聴率を稼いできた所は現役ファイターの中でも有数の世間的知名度を誇る存在ゆえに、タレントとしての成功も期待できる。リング外での所の露出が増えれば格闘技そのもののプロモーションに繋がるのだと前向きに捉えるべきだ。
所の独立に伴う環境変化はこれにとどまらない。
肝心の試合時、リング周りでその変化に気付いた人も多いのではないだろうか。
セコンドに、前田日明さんが、いなかった。
ジムの練習生時代から今までずっと苦楽を共にしてきたPODの仲間・太田と奥出、そしてZSTの同志・勝村と金原が回りを固め、所はのびのびとリラックスした様子だった。前田さんが脇にいたときの緊張した表情は微塵も見られなかった。
結果、所は二連勝で決意の決勝戦進出。勝者を納める記念撮影ではセコンドの仲間と共に安堵と歓喜を見せた所は今までのどのシーンよりも幸せに包まれているように映っていた。
所が自ら選び進んだ独立ロードは幸先よいスタートをきった。
愚直なまでに続けてきたボクシングトレーニングは技術だけでなく人の出会いも生み、今回の人生の節目となる行動に結びついた。
33歳になってもまだまだ成長ののりしろを感じさせてくれた所はますます勢いを増してくれることだろう。
ようやく開花した所の“Going My Way”。闘うフリーターは、フリーダムファイターとしてこれからの時代を切り開く。所なりの生き方はこの閉塞感に支配された日本をサバイブするための一種のモデルケースとなり、迷えるフリーな若者たちに勇気を与えてくれるようになってほしい。
所が愛する中日ドラゴンズの落合監督から拝借し、こう言おう。
所英男、“俺流”のバトルロード。
もう「カニ挟み!」のアドバイスは必要ない。
2011/5/29@さいたまスーパーアリーナ
実は“闘うフリーター”というキャッチコピーは、職業=フリーターでなくなった今もなお言い得て妙に、所英男の生き方そのものを表しているようだ。自分の信じた道を自由に進んでいく・・・人生=フリーター。心機一転、33際にして、遂に独立を果たした所英男はまるで水を得た魚のように、そして今までとは比べものににならないほどの自信を感じさせる佇まいで、リングに立ち、二度に渡って勝ち名乗りを上げてみせた。
2011年に入り、日本MMAメジャー舞台がストーブリーグ状態にある間に、所は身の回りの準備を進めていた。
選手の名前に続く()は自身の所属先を表す。所はこれまでのキャリアで幾度も()内の記載を変えてきた。ジムの名であったりチーム名であったり、所属プロモーションであったりしてきたが、今回また新たな表記になっていた。そしてこの表記は今後現役生活を続けていく上でもう変わることない、最後のものになるはずだ。
「リバーサルジム武蔵小杉 所プラス」
そう、遂に所は自身のジム、己の城を構えることになった。
ひと昔前のプロレス時代なら、人気あるエース選手は自分が主役となる団体を旗揚げし、所属選手をかかえ、興行を開催していくことを生業としてきたが、今は時代が違う。格闘技、特にMMAでは現役ファイターでありながら自らのジムをオープンする動きが主流である。大方の実績ある選手がそうしていく中で、所もようやく仲間入りを果たした。
自分が代表となり、ジムを経営していく。当然ジムの収入は会員の数と比例することになり、その数は代表たる自分の活躍っぷりと人気っぷりと比例することになる。
そこで責任感が生まれない訳がない。男33歳の起業が所を奮起させる大きな要因となったはずだ。
そして同時に所はマネジメント会社をも新たにした。格闘技プロデビュー時のホームリングだったZSTから独立し、プライベートでの親交深い内藤大助が所属する会社に籍を移した。となると今後内藤と同様にリング外での芸能活動で所の姿を目にする機会も増えるかもしれない。早速、DREAM大会直後にオンエアされた『開運!なんでも鑑定団』では番組オープニングコーナーに紹介ビデオと共に登場した所の姿を見ることができた。
TBS全国ネット中継で好視聴率を稼いできた所は現役ファイターの中でも有数の世間的知名度を誇る存在ゆえに、タレントとしての成功も期待できる。リング外での所の露出が増えれば格闘技そのもののプロモーションに繋がるのだと前向きに捉えるべきだ。
所の独立に伴う環境変化はこれにとどまらない。
肝心の試合時、リング周りでその変化に気付いた人も多いのではないだろうか。
セコンドに、前田日明さんが、いなかった。
ジムの練習生時代から今までずっと苦楽を共にしてきたPODの仲間・太田と奥出、そしてZSTの同志・勝村と金原が回りを固め、所はのびのびとリラックスした様子だった。前田さんが脇にいたときの緊張した表情は微塵も見られなかった。
結果、所は二連勝で決意の決勝戦進出。勝者を納める記念撮影ではセコンドの仲間と共に安堵と歓喜を見せた所は今までのどのシーンよりも幸せに包まれているように映っていた。
所が自ら選び進んだ独立ロードは幸先よいスタートをきった。
愚直なまでに続けてきたボクシングトレーニングは技術だけでなく人の出会いも生み、今回の人生の節目となる行動に結びついた。
33歳になってもまだまだ成長ののりしろを感じさせてくれた所はますます勢いを増してくれることだろう。
ようやく開花した所の“Going My Way”。闘うフリーターは、フリーダムファイターとしてこれからの時代を切り開く。所なりの生き方はこの閉塞感に支配された日本をサバイブするための一種のモデルケースとなり、迷えるフリーな若者たちに勇気を与えてくれるようになってほしい。
所が愛する中日ドラゴンズの落合監督から拝借し、こう言おう。
所英男、“俺流”のバトルロード。
もう「カニ挟み!」のアドバイスは必要ない。