船木の引退以降、相次ぐ選手の離脱と外部大会で結果が残せないという負のスパイラルに陥り、みるみるうちに規模を縮小していくパンクラスの様子を目の当たりにするのが辛かった。そんな中で、ひとり頼れる存在が北岡悟だった。そして北岡がパンクラスのブランドを背負っていた。


実際には孤軍奮闘だった。パンクラスでは招聘できない相手と外部で闘い、インパクトと共に結果を残してきた。主戦場は外部でもパンクラスを名乗り続けてきた。
もはや北岡=パンクラス。それが北岡>パンクラスになってしまった。


格闘技マニアなら誰でも予感し心構えはできていただろうが、それでもやっぱりいざ現実になるときがやってきてしまうと、なんとも言いようがない虚無感に襲われてしまう。
ああ、パンクラスよ、大丈夫か・・・と・・・


北岡が語った区切りのつけ方には納得がいく。
20代の10年間。奇しくもこの期間は船木後の10年とイコールとなる。
現代MMAに振り切ることを決めたパンクラスとって、当時修斗系ジムで柔術の下地を積んできた北岡は願ってもないハイブリッドだった。
しかしこの十年でパンクラス自体はハイブリッドしてこれたのか。北岡とパンクラスの成長進行ぶりが決してイコールではなかったからこそ、今回の来るべきときが来てしまったのではないか。


遅すぎた感さえある北岡の卒業後の立ち振舞いを特に心配する必要はない。これまで以上にのびのびと、強豪相手の新鮮なマッチメイクで個性をさらに開花してくれることだろう。
心配せざるをえないのはパンクラスの方だ。


もはや所属選手が絶対的中心ではない“場”としての運営が続いているが、やはり大事なのはパンクラスを名乗る選手である。突出した大看板を失った後に、新たな看板を付け替えるのが急務だ。
果たして今のパンクラスにそれができるのか・・・


そこで私はこんな提案をしたい。
ジムが同じ名前のもと支部を作りのれん分けしていくように、北岡個人にパンクラスの名を与えて欲しい。


北岡悟(パンクラス TEAM KITAOKA)


こんなのダメですか?