去年の12月26日の朝に定期的に飲んでいる胃カメラ検査で、初の細胞診の為の患部の一部採取をされ、今年の1月5日に恐れていたがんの告知を医師からされた。

正に晴天の霹靂、「何でやねん😕」荒れに荒れた瞬間だった。

実はその前の1月2日の夕方昼寝んしていた時に、と有る夢を見た😴


何とその夢と言うのが、亡くなったお袋の弟の叔父(現在も80歳近くでバリバリ存命中)が医大の大学教授となって、いきなり私に「早く今から手術しよう」とせかしながら広い部屋の階段を降りようとする夢だった。

勿論、私は「まだ細胞診の検査結果が出てないですよ」と焦り気味に大学教授に言った所でハッとなって目が覚めた。


これはもしやと思い不安に駆られながら5日を迎えて医院にTEL後に受診したら、早期の噴門部胃がんと躊躇いもなく告知された。それも低文化の腺がんで進行が比較的早いから早く手術しようと言われ、大阪国際がんセンターのQuick外来にその場で予約され、同月の15日に初診で手術前の精密検査を受けた。

正直、手術自体めっちゃ怖くて「手術には耐えられない身体」だと診断されたかったが、噴門部以外にはガンも何もなくて心房細動持ちでも私の場合は手術には全く影響なくて耐えられると言う診断結果が出て、手術が決定した。

そして今月の2月6日に入院。

翌7日の朝に腹腔鏡で手術支援ロボットによるダビンチで6時間の人生初めての全身麻酔の手術を体験した。


そして私が目覚めたのは翌8日の朝8時頃、ICUで麻酔科医に起こされ半覚醒状態で挿管を抜かれ、ほっとしたのも束の間に担当医が来てくれて半涙ながらに思わずドクターと握手をしたのを覚えている。


私は目覚めたら7ヶ所のドレーンやカテーテル、尿管、点滴等による管が私の身体には繋がれており満身創痍だったが、今月の18日(日)に無事に退院して自宅にいる🏠

私が入院中、日曜祭日関係なく担当医は毎日レントゲンや血液検査をしながら病棟に来てくれて献身的な医療提供してくれた事に脱帽した。


それ迄の医療不信が払拭された瞬間で有った。


勿論、入院中もHCUや一般病棟に戻っても看護師さんに許可を取りスマホでzoomによるストーカー加害者更生プログラムのオンラインによる仕事もこなした。

今月の28日には某新聞社の取材も入っており、更に来月3月11日には待ちに待った私の単行本「粘着の人 ストーカーと言う名の宿痾」が産学社から商業出版されます。

更に更にタクシーは3月1日から乗務予定です。


今は、只手術後食べ物で直ぐに下痢になるようになり苦心惨憺しております。