
いよいよジョーとカーロスリベラの世紀の一戦が始まった。
不自然に陽気に振る舞う段平は、6オンスのグラブをジョーにつけるだんになり、手の震えを隠せなかった。「こんなグラブでカーロスの一撃をくらったら、おめえのあごは・・」
不安を隠せない段平にジョーはいう「あごがくだけるってんなら、カーロスにしたって同じ条件じゃねえか!」
豪毅に振る舞うジョーに、弱音を吐き続ける段平
「かわいい選手になんにも、作戦も指示できねえセコンドはつれえ・・・
何にもいうことができねえセコンドは惨めだ・・・」
これから試合が始まろうというのに、弱音を吐き続ける段平に対し、ジョーは怒るでもなくつぶやく
「へっへっへ おれは何か今、不思議なくらいさわやかな心境だぜ。
竹刀や木刀じゃない、待ちに待った真剣勝負だ。力一杯打ち合って、もし俺がぶっ殺されたって悔いはない。
笑って死ねそうな気がするさ」
覚悟を決めた人間は強い。カーロスは、ジョーにとってまるで恋人のようだ。自分に眠る野生に火をつけた。カーロスも同じだ。どうしても見過ごすわけにはいかない相手・・・お互いの野生が呼び合い。ついに相まみえる時がきた。
勝ち負けではない、お互いの肉体と肉体、魂と魂、それを心底ぶつけ合える相手。そんな相手は滅多に出会えるものではない。ジョーにとっては、力石以来、初めてであったのだ。そんなカーロスは、ジョーにとりついた力石の亡霊も追い払ってくれた。
逃げれば追われる。消そうとするとわいてくる・・・・そんな恐怖に打ち勝てるのは戦いだけだ。腹を据えて、自分の全身全霊をぶつけて戦う。そんなときに、人は一皮むけて、一回り成長するのだろう。
今までの自分を守りつつ成長できるはずはないのだ。今までの自分をかなぐり捨てて、自分を滅却しきったとき、新たな自分が再生し、一回り大きくなって生まれ変わるのだろう。
そして、そういう気持ちになれる相手、そういう気持ちになれる場面、対象、それがあってこそ、人は成長できる。
カーロスを前に、ジョーはすべてを捨てる覚悟ができた。いやすべてを捨ててでもカーロスの底を見てみたい、体で味わってみたい・・底知れぬ力にふれてみたいと思ったのだ。
自分と魂が五分の相手、それに出会えるかどうか、その出会いを生かせるかどうか、その出会いにすべてをすてて飛び込む勇気を持てるかどうか・・そんなとぎすまされた時間を生きている現代人はいないだろう。
だからあこがれるのだ、そういう姿に。自分にはとてもまねできない、でも本当はそういうことなんだよな。そんなことをぶつくさ考えて、うんうん頷きながら漫画を読んでいる中年オヤジは、やっぱどっかへんかね。