
ジョーは生まれて初めて、人の愛をしり、働く喜びを知り、あしたのために本気でボクシングをやろうという気持ちになっていた。
それが、ある時、警察から連絡があった。段平が泥酔して警察の世話になっているというのだ。そこに駆けつけて見た物は、酔ってぐれている段平だった。
段平は新しいボクシングジムを開くことの許可を得るためにボクシングコミッショナー事務局に出かけていった。しかし、かつての段平の素行の悪さはあまりに有名で、ライセンスをもらえないと言われたのだ。どんなにお願いしても門前払いの有様に、段平は安酒をあおって、こうなってしまったというのだ。
「つまり、俺たちにはあしたってやつが、永遠にこねえってことだな」
ジョーの、人生をかえようと思い立った所だっただけに、ジョーにはショックが大きかった。力石の言ったとおりだ・・狂ったように笑うジョー。
そして段平にいう。
「帰ろうよ」
段平は、ジョーや西に、よそのジムにいけと言う。
しかし、ジョーは
「ボクサーなんて、どうだっていいんだよ。興味なくなったよ・・・
なにも拳闘だけが人生のすべてじゃ、あるまいし・・考えてみりゃ、おっちゃんとも 長い付き合いだ。拳闘がだめになったからといって、はい、さようならってわけにもいくまいぜ。
「あした」なんでかっこいいこといわずによ・・・
その日その日をのんびりと、ぼーふらみてえに暮らす人生もあるじゃねえか。
飲んで踊って笑って泣いて、気楽におもしろおかしくよ」
「ジ・・ジョー おめえ おめえ・・・」
ジョーは天と地がひっくり返るくらいのショックを受けたはずだ。泣きわめき、当たり散らし、すべてに絶望して投げやりになりたかったろう。
これがジョーの優しさなのだ。「別にどおってことねえよ。おっちゃんを恨みもしねえよ。それより、腐れ縁だ、一緒にくらしていけばいいさ」と。自分の気持ちを抑え、段平を責めることもない。おそらく、これまでの二人の生き方の中で、深い信頼関係ができていたのだろう。拳闘の夢より、段平との関係の方が大事だということだ。
この深い信頼関係ができていたからこそ、これほど壊滅的な出来事があってもこわれない程の関係ができていたからこそ、その後、命のやりとりになるようなボクシングの世界の中を二人で生きていけたのだろう。
信頼関係とはそういうものだ。成功とか失敗とか、損とか得とか、そんなものを超越した関係、それを信頼という。そして、信頼があれば絶望することはない。必ず何とか生きていける。