力石が少年院を出た後は、何か緊張感がなくなってしまった。ボクシングの試合もジョーが一人勝ちになるのだが、ジョーは一つもうれしくない。

段平は、少年院の中でもジョーのトレーニングを欠かさない。あしたのために・・。

テレビ鑑賞の時間に、力石のプロボクシング復帰戦をみることができた。院生も教官たちも一緒に、力石を応援した。2年間のブランクのせいか、何度かピンチになる。最後は圧勝したわけだが、手に汗握って皆応援した。皆が驚いたのは、ライバルのはずのジョーが必死で力石を応援する姿だ。その勝利に我が事のように喜ぶジョー

「自分の強さを存分にほこるがいい

おれが娑婆にでて、同じそのリングの上で、おまえをずたずたにたたきのめす日がくるまでよ・・・」

力石は俺が倒す、俺が倒すまで誰かに倒されては困る。俺が一目置いた男は、俺以外の誰よりも強くなくてはいけないというわけだ。

そして、ついにジョーが少年院をでる日が来た。さんざん、皆にののしられながら、娑婆にでていった。みなに尊敬され応援されてでていった力石とは対照的だ。

しかし、ジョーが出て行った後、少年院は寂しくなってしまった。

教官先生がいう

「なんだかみんな気が抜けたみたいになってしまったな。

いりゃあいたでやっかいだし・・・いなくなると、へんに寂しくなるなんて・・・

おかしな男だよ矢吹ってやつは

 

いわゆる「憎めないやつ」なんだなジョーは。悪態ついて、乱暴で、自分勝手で・・なのに憎めないやつ。そういうやつは、性根が悪くないんだな。心底に愛がある。

こういうキャラクターだったから、当時の時代に受け入れられた。学生は反体制、左翼的であることがファッションだった時代。政治的関心が薄いと「ノンポリ」といってさげすまれた時代。そういう時代だったからジョーは青年達に受け入れられた。真面目人間、星飛雄馬は子供の道徳教育にはよいが、滅私奉公的な生き方は、むしろネタにされてしまった。

デモ行進に参加する方が多数派だった時代なんて、今の学生には信じられないだろう。そういうわしが大学生の時だって、そんな時代は終わっていた。ただ、まだまだ左翼思想、反体制がインテリの証みたいな名残はあった。朝日ジャーナルを片手にしていることが自分を誇示する道具だったんだ。電車の中で平気で漫画を読むなんて、げすのげす、ましてや化粧するなんて、想定外だ!

放っておいても「漫画は25歳で卒業する」・・・まことしやかに、そういわれたもんだ。何かデータでもあったのかな。しかし、その説は簡単に崩れ去った。46歳になるが、漫画は全く卒業していないし、46歳のおっさんが、電車の中で漫画よんじゃうなんてね。世も末か。わしらの時代は、小説もよまんで漫画ばっか読みやがって・・みたいに、ののしられたものだが、今の活字離れはさらに度をこして、「漫画くらい読め」になっているらしいからな。そうやって時代はどんどん変わっていくのだろう。

時代はかわった、これからも変わっていく。昔を懐かしんでもしょうがないが、「やせ我慢」というか「武士は食わねど高楊枝」みたいな文化って大事だったんじゃないかな。

人間、不自由さ、思い通りにならなさの中で成長するものだと思う。