いよいよジョーと青山の試合が始まった。マウスピースもいらないという、余裕しゃくしゃくの態度に、西は心配する。

リング上で口笛をふき、醜態をさらしまくる。

葉子はいう「青山君の手強さを今は十分に知り尽くしているはずなのに、まだ強がるなんて、まさに虚勢の二字ね!」

しかし、白木会長は冷静に分析する

「あの矢吹という少年は、相手の強さを知りながら、なお威張っているのかね

とすると・・・・あながち虚勢ばかりとはいえんようだのう」

「相手が強いことをしらずして・・あるいは強さを見越して強がるのなら、そのへんの、ありふれた阿呆じゃが、知っていてなお強がる。これは悲壮な決意の表れでもあるぞ」

 

「あそこまで強がった以上、もし負けでもしたら、えらい恥をかくことになる

恥をさらしたくなければ、死んでも勝たにゃあならん」

 

何もかも承知の上で、自分を追い詰める、追い詰めて背水の陣をしく。いうは易行うは難しである。

ボクシングの亀田一家は生理的に受け付けないが、長男・興毅の態度を思い出す。さんざん大ぼらをふきまくり、挙げ句の果てに、必勝のシナリオで望んだランダエダとの初戦は予想外のうたれ弱さを露呈し惨めな試合になった。

その時までは、反吐がでるほど嫌いだったが、ランダエダとの再戦は見物だった。スパー中に目を負傷し7針縫ったといって試合を延期した。あんなものは医者がみれば、7針縫合なんて嘘にきまっとる。そんな短期間に、跡形もなく傷が治るかい。

その後も減らず口をたたきつづけ、ついに再戦を迎えた。怪我を理由に時間稼ぎをして、ランダエダ対策をしたって、そんな短期間にあのど下手くそなボクシングでは、どうこうなるわけねーだろと思っていた。

ところがどうだ、卑怯と言われれば卑怯、ヒットアンドアウェイのアウトボクシングでポイントをかせいで文句なしの勝利だ。

今はなき大山倍達先生が「成功を見たら人を見よ、失敗をみたら事を見よ」との言葉を残されたわけだが、ここは単なる好き嫌いを抜きで生き方を評価すべきだと思った。

意地をすて、見栄をすて、とにかく勝ちにいった。悲壮な覚悟だったろう。あの時点でもし負けたら、何もかもおしまいだ。亀田家ボクシングストーリーが終わってしまうかも知れない。あの年齢で、それだけのものを背負って闘ったのだ。まあ、初戦も八百長だったから、再戦も八百長だろうとの見方もあるだろうが、わしのみたところ(ど素人の格闘技好きだが)まあガチンコだったろうと思う。

あの試合以来、彼の顔が変わったことにお気づきだろうか。話しぶりも変わった。悲壮感がなくなったな。真価が問われるのは次のタイトルマッチだろうが、今の状態では三階級制覇なんて夢のまた夢だろう。

ボクシングはやはりハングリー精神がなければ決してできない領域のものなのだと思う。自分を追い込んで追い込んで勝ちにいった青年の覚悟は評価すべきだろう。彼は今後も自分を追い詰める野生を維持できるだろうか。本質的には闘争的ではない人格がかいま見える彼に、幾ばくかの心配をしてしまうオヤジでした。それでも亀田家は嫌いだ。