力石との闘いは、ジョーの才能に火をつけた。そしてまた、ジョーとの闘いによって力石にも火がついた。

ジョーは段平に「あしたのため4,5,6,7・・早く教えてくれ」と焦る。ジョーの才能を確信したはずの段平だが、何を思ったのか、それ以降何も教えてくれない。片手でクワをつかって耕すのが次に教えることだったと言い、次に進みたかったらそれを続けろというだけだ。

かたや力石は、本気のトレーニングを始めた。もともと自分はプロボクサー、相手はただのチンピラ、素人ボクシング。それなのに、1ラウンドKO宣言を破られるどころか、ダブルKOになってしまった。プロのプライドは二度目の失敗を絶対に許さない!

力石はいう

「もう敵意はねえ、憎悪もねえ。つまりけんかじゃねえってことさ。今度はボクシングをやる・・・じっくりとな!」

練習をみていた収容生がいう

「す・・するてえと・・もうジョーの野郎が憎くねえってんですか?あの小憎らしいジョーの野郎が・・・」

「わからねえやつらだな。ボクシングのリング上にはけんかはない!ありえんのだ!

 

あるべきは高級で非情で磨き抜かれた技術のみだ。芸術なんだ拳闘は!それをついけんかのつもりになったことが、この間の引き分けの原因さ。鈍っていたんだ、長い少年院暮らしで・・・

 

だがよ闘志は別だ。今の俺の闘志は、この間、ジョーとリングでグラブを交えた時とは比べものにはならないぜ。猛り狂っているんだ、腹の底から。闘志がよ!」

それを見た段平は戦慄する。このままでは絶対に勝てない。しかし、この先を教えるのは難しい・・特にジョーの性格では。普通のやり方ではとてもできないだろう。

「あしたのために=その5」いよいよもって教えなくてはならない、それは今までのどれよりも厳しいぜ、残酷だぜ、泣くなよジョー・・・段平は心の中でつぶやいた。

 

懸命にやることと感情的になることの違いは微妙で難しい。一生懸命やろうとすると、人はどうしても感情的になる。感情的になれば、結局は自分の力をだせなくなる。判断力・集中力を失うだけだ。

危機的状況であればあるだけ、感情をコントロールしなくてはならない。感情をむき出しにするのは、ある意味甘えなのだ。自分で解決するというより、自分の感情を分かってくれて、相手が何とかなってくれることを無意識に期待している。自分自身を放り出してしまっているわけだ。

嘆こうがわめこうがどうにもならない時、自分で何とかするしかないとき、その時は冷静さを保たなくてはならない。ここで勘違いしてはいけないのは、人の助けを借りてはいけないという事ではない。人の助けを借りることも、自覚的に意識的にするということだ。「すみません、~なので手を貸してください」と言えばよい。泣きわめいて、あるいは気を失って、誰かが助けてくれるのを待つ。それはそれで仕方がないだろう。目指すところは、冷静に人との助けを求められるようになることだ。そのためには、自分の弱み、限界、羞恥を見せることの恐れを乗り越えなくてはならない。

これもトレーニングだと思う。