
ジョーは、素性も何もわからない。どこからともなく現れ、ドヤ街まで流れてきた、何も目的もなさそうに。段平にであったのも、全くの偶然。初めは、たんなるチンピラであった。ドヤ街にすむ、小汚いガキどもを引き連れて、いかさまパチンコでせしめた景品を道ばたでたたき売りして、小金を貯めていた。ガキどもを引き連れ、使われていない古ビルに入り込み、基地のようにしていた。
ジョーが貯めているお金に驚くガキどもに、ジョーは自分の壮大な計画を説明する。
「計画の一、それはこの、広い川っぷちの両岸一帯に大人も子供も遊べる、でっかい遊園地を作ること!」
「計画の二、このドヤ街の西のはずれに、立派な総合病院をぶったてること!
全国の有名病院から腕のいいお医者さんをがばーっと呼びあつめるんだっ 現在の計画では地上六階、地下二階の真っ白な建物だ、日当たりもいいぞ」
「計画の三、東のはずれには年をとって働けなくなった人たちのために養老院を建てるっ」
「計画の四、南の方に小さい子供のための保育園!」
「計画の五、北のはずれに、静かなアパートと何でも買える大マーケット!」
なんともすばらしい計画ではないか!自分のことしか考えていないチンピラのように見えるが、その実、大勢の人たちの幸せを考えている。このあたりはタイガーマスクが孤児院「ちびっ子ハウス」の子供たちの為に、命をかけて戦ったのと似ているね。
これは梶原一騎だけのイメージではなくて、昔は、お金を儲けて、みんなが幸せになることをします、というのは結構、共通した文化的風土があったきがする。
それがたかだか3、40年の間に「お金で買えない物は無いでしょう」とか「お金儲けすることが悪いことですか」とか言って、自分たちの享楽のためにお金をふんだんに使う輩が、社会の全面に立つようになっちまった。彼らは、あしたのジョーやタイガーマスクを見なかったのかね?そうか、勉強に忙しくて、漫画なんか見させてもらえなかったか。
漫画も大事だな。漫画はまっすぐに、分かりやすい形で、子供たちに、人の生きる道を説く重大なメディアじゃないのかな。それなのに、今の漫画はな~・・・。
暴力、エロ、非現実、非常識ギャグなど、完全に売れりゃーいいだろ文化になりさがってしまったのかな。そりゃーよい漫画もいっぱいあるよ。でも、子供たちが読んで自分も頑張ろうと思えるような漫画がどれだけあるだろうか・・というより、漫画以前に、社会、文化があまりにも教育的に良くないわな。
昔、自分たちが子供の時、古典に学べとうるさく言われた。温故知新とかいって、こてんこてんって耳にたこができたよ。今は、昔や漫画は古典かね?