自暴自棄でヤクザとのトラブルに巻き込まれた飛雄馬。一端、難を逃れたかのように見えたが、その裏では、不良番長 京子が飛雄馬への愛のため、命がけで守ろうとしていたのだ。京子の子分たちが、それを飛雄馬に知らせ、救出をお願いする。

京子は、落とし前をつけるために、自分の小指を詰めることを覚悟した。今、まさに小指を切りおとさんとしたときに、間一髪で飛雄馬たちは間に合った。

何とかやめさせようとする飛雄馬、自分の小指を詰めることで飛雄馬を守ろうとする京子。その緊迫した刹那に、飛雄馬は叫んだ。

「か・・かわりに・・・・お・・・おれの・・・・おれの・・・小指を切れっ!!」

「俺は左投手・・・その小指だ。いわば、命・・・うふふふ・・・不足はあるまいっ」

 

「ふふふっ・・・一石二鳥なんだ。断末魔の一石二鳥だぜ、これは・・・・

京子さんに報いるとともに、とうちゃん・・・あんたへの復讐だ!」

「おれの野球は破滅・・・そいつを、決定的に見せつけて俺をこんなにしちまった

あんたに復讐する」

 

結局、飛雄馬は父から自立していたわけではない。常に父を意識し、父に認められるために野球をやってきたというわけだ。そんなに父がにくくて、野球に絶望したのなら、さっさと野球をやめて、別の生き方を見つければよい。

父が、自分を野球しかできない人間にしてしまった・・・これも、事実ではない。大人になったのだから、野球をやめて他の生き方を探すことはできるはずだ。

自分の問題を親のせいにして、自分の不安を、親への恨みに変えて、自分を傷つけることで、親への復讐を果たそうとする・・・これは一般的に、思春期青年期におこる親子の葛藤である。独立心と依存心のせめぎ合いである。

親の用意した生き方を拒否することは、親の保護を失う、あるいは親に認めてもらえなくなるという不安が伴う。それでも、そこから脱出して、自分の生き方をするには、相当の覚悟がいる。その不安、苛立ち、混乱が、一分の自傷行為の原因である。

飛雄馬は、ヤクザに小指をつめさせようとしたが、これは自ら名乗り出たわけで、自傷行為と同じである。しかし、かといって、目の前で人が指を詰められようとするのを傍観しているわけにはいかないので、身代わりを買って出るという気持ちもわからんでもない。であるから、飛雄馬は父への復讐と、京子の愛への報いの一石二鳥だと思った。まあ漫画だからしょうがないが、本当にこんな極限状態になったた、理屈なんか吹っ飛んで、何をどうするか何てわかったもんじゃない。泣き叫んで、土下座するとか、仲間を売って自分だけ助かろうとするとかな・・・。

だから普通の小市民は、左門のように、土下座してお金を払って難を逃れようとするわけだ。ヒロイズムをとるか、現実生活をとるか・・

普通の生活の中で、こんな事があるはずはないのだが、規模は小さいまでも似たような場面はある。つまり、理想をとるか現実をとるか・・・汚名をきたり、思うようにいかない現実を受け入れたりする覚悟があれば、たいていの困難は切り抜けられる。しかし、人はなかなかそうはいかない生き物なのだ。自分の答えは、自分で悩み苦しんで見つけるしかないのだろう。