
美奈の余命幾ばくもないという真実を知り、究極の選択を迫られた飛雄馬。飛雄馬は、今シーズンを棒にふる覚悟で、美奈をそばにいることを選んだ。その苦しみを、一徹への手紙に書いた。涙に濡れる便せん。初めは「おまえが泣くのは、涙を流すのは、マウンドの上だけと教えたはず」と忌々しく思いながら読み始めた。しかし、そこに書かれていたのは、飛雄馬の血のさけびだった」
野球より女性をとろうとしている自分「それでも俺は軽蔑されるべきだろうか。とうちゃん、教えてくれ。とうちゃんならどうしたか?それでも野球をえらんだろうか?」と。
一徹は涙する、そして妻の遺影を見つめる。
「なんと、答えてやったらいい・・・この命がけの問いに なんと?
あ、あいつは野球をすててもいい気でおる・・・・今シーズンを棒に振れば、だれも来シーズンを保証してくれんのがプロの世界!」
「親が子の世界にふみこめなくなる日がはじまるのは・・・子が異性に目覚めたとき・・・しかも美奈という少女は心清くさけようのない死の淵に飛雄馬との愛を咲かせておる!
そ、それでも、なお巨人の星をとれ、愛を捨てよと命ずる権利は、いかに親にも、いかにわしにも・・・」
子が異性に目覚めたとき、もはや親でも踏み込めない世界に入る。単なるすいた惚れたではない、命がけで守りたいと思う異性に出会ったとき、子は真の意味で親から離れていく。親子から、男女へ、そして夫婦へ、新しい家族の単位へと進んでいくのだ。
今やその境界線も曖昧だ、異性のとの問題にも親が入ってくる。異性との問題をも親に平気でさらけ出していく。親と子の境界線はもはやぐちゃぐちゃだ。本来なら、守るべき異性との世界は、親とはいえども入れない世界だ。であるがゆえに、そういう異性を選択する時には、まさに命がけの選択となる。もはや後戻りができない領域に入っていくのだから。
しかし、今や何の覚悟もない結婚が普通になってきている。そして、嫌なら離婚すればいい。親も門戸を広げていつでも帰ってこいと待っている。
いろいろなケースがあるので、簡単に一般化して語ることはできない。やむにやまれぬ事情というのが人間にはあるから。覚悟の選択をしても、よい結果になるとは限らず、引き返す勇気も必要な場合がある。それとは別の話と思ってほしい。
曖昧な境界線、いつでも行ったりきたりできる境界線では人の成長には不都合だということだ。親子だけではない。社会の中の様々な境界線はことごとく崩壊し、みなその場その場で言いたい放題で何も発展的な話し合い行動には結びつかないことが多すぎるということを憂いている。
命がけの選択、命がけの問い、それは異性に目覚めたときから始まるのは確かなことだ、それが人の成長に重要な意味を持つのは事実だ。だから、異性の選択は慎重で、緊張感のあるものであってほしい。