
ボクシングジムでの練習についで、剣道の練習、さらには警察での射撃訓練の盗み見など、不可解な行動を続ける飛雄馬。さらに秘密の特訓では、伴に目隠しをさせて、奇妙な投球を狂ったように続ける。その姿を遠くから眺める一徹。その時、一徹の口から出た言葉は
「わからん・・・あのへんてこな特訓をとおして飛雄馬の目的とするものが、この父には・・・。こと野球にかけては随分頭の回るわしだがな・・・」
「これだけは言える。今日の日雇いの仕事でわしは壁土塗りをやってきたが、
技術という壁土は、限りなき根性という水で練りに練ってこそ、いかなる雨にも風にも耐える壁がそびえ立つ」
根性論はバカにされる現代である。いつから、根性という言葉がバカにされるようになったのだろうか。なぜ、それはバカにされなければいけないのか。
一生懸命、歯を食いしばって努力することの何がバカバカしいのか・・・わしにはさっぱり分からない。まあ、人がどう思うか、どう評価するか、そんなことを気にしていること自体がよくないか。自分は自分の信じるように生きるべし。