
プロデビューからほどなく、左門に打ち込まれ、二軍行きに決定した飛雄馬。その後、二軍宿舎からも姿を消した。行方を捜す伴、もしやと思って飛雄馬の実家を訪れた。しかし、そこにも飛雄馬の姿は無かった。それを聞いて愕然とする、一徹と明子。
その時一徹の口から出た言葉は
「ひゅ 飛雄馬のやつが・・・左門に打ちのめされた球場から、そのまま雲隠れしおった・・・だと」
「いくじなしめ!」
「とは、わしにも言えぬ・・・・」
明子は嘆く「な なんのために、今まで飛雄馬の幼い日を犠牲にした、つらい苦しい人生があったの。かわいそうな子・・」
すべてをかけてきたものが、すべてを失った。すべてをかけよと教えてきた父が、その教えに従ってやってきて、もはや父として言うべき言葉を失った時にでた結果がこれだった。自分が強いてきた犠牲、失うものの大きさ・・・もはや一徹には厳しい言葉を言う資格はなくなった。
しかし、これこそが、すべての終わりであり、すべての始まりなのだ。父が強いた道、しかし自分が選んだ道でもある。父のせいにしてどうにかなるものでもない。
ここからが本当の始まりを暗示させる。親子の共同作業が終わりを告げたとき、子自信の物語が始まる。終わりは始まりなのだ。