エジプトに行ったのは5月、今はもう8月。。。


働き始め、中々自分のペースがまだ作れず


エジプト旅行の記憶も薄れていく中、シャボン玉*


取りあえず、画像無しで。。(そのうち画像を入れる予定で)


今日はアスワンを観光し、アブシンベルまで移動します。


ホテルを9:30出発ですバス


まず、40年ぶりに一般公開が始まった「カラブシャ神殿」へ


この神殿もユネスコにより水没の危機から救済されたそうです。


ここにも船(ボート)でヨット





この神殿はヌビアの太陽神マンドゥリスとホルスが一体化したもののほかに、


イシスとオシリスが祭られ、至聖所の壁面にマンドゥリスに捧げ物をする


ファラオの姿が見られます。





カラブシャ神殿の後方にあったベイト・エル・ワリの岩窟神殿も同じ場所に移築されています。


ラムセス2世の創建で、(保存状態が良く、そちらの方が見所だとガイドさんが言ってました)


ラムセス2世の伝記的な場面のレリーフも残っていました。







ここで、アスワンからアブシンベルに飛ぶ飛行機が飛ばないという


ハプニングがあり、陸路でアブシンベルまで向かう事になりました。


長丁場(3時間)になるので、トイレ休憩をかねてアスワンハイダムを見学する事に。


トイレ休憩の場所に行くにも、入場料が取られるので見学もという事らしいです。


しかし、またまたハプニングでアスワンハイダムに向かうバスのエアコンの吹出口から


ポタポタと水が落ちてきて、慌てて添乗員さんやガイドさんが押さえてみたものの


止まらず。。しずく


結局、バスをチェンジする事に。


アスワンハイダムに向かう途中の鉄塔です。





アスワンハイダムはエジプトの軍事基地があるらしく、


望遠での撮影は駄目と言われました。


アスワンダムは1902年に完成したダムでしたが、エジプトの人口が


急激に増加したために、結局このダムの規模では当初の目的を果たせず


「アスワンハイダム」が建てられたそうです。


長さ約3600m、高さ約111mで容積はクフ王のピラミッドの約92倍になるそうです。

(この半端な数字がすごいです)


この結果、ナイルの流れはせき止められ、ダムの上流には、琵琶湖の7.5倍も


ある広大な「ナセル湖」が誕生しました。


こうして古来から営々と続いてきたナイル河の氾濫はなくなり、


完全に人間のコントロール下におかれる事になったそうです。


エジプトに大きな変化を(電力の配給量は増え、安定した工業用水も確保され)


大きな役割を(近代化に)もたらしました。


しかし、一番大きな影響を受けたのは農民でダムの完成でナイルの氾濫がなくなり


一年を通じて農作業が出来るようになったが、そのかわりに土地が痩せてきた為に


逆に収穫量が減ってしまったそうです(氾濫のたびにナイルの上流から運ばれてきた


天然の肥料がなくなった為に)


古代エジプトの遺跡にも影響があるそうです。


ルクソールにあるカルナック神殿では、「塩害による破壊」が問題になっているそうです。


ダムの完成によって、地下水位が上昇しその結果、塩分を含んだ地下水が地中から


遺跡の石に染みこんでくるようになり、水分は蒸発するが塩の塊が遺跡を破壊していくそうです。


この為の修復作業は永久に繰り返されていくそうです(大変だぁ)


完成を記念して作られた「ハイダム記念塔」です。





変更につぐ、変更でこの後は「切りかけのオベリスク」に向かいました(本当は明日の予定だったのですが)


現地に着くと、蒸し暑いのは変わらないのですが


空の雲行きがあやしく、砂嵐かなとマスクを装着しました。


古代からアスワン周辺はピラミッドや神殿に用いられて花崗岩の産地で


ここで切り出された石材はナイルの増水時に船でエジプト各地に運ばれていたそうです。


切りかけのオベリスクと呼ばれるその長さは41.75m、重量は1168tと推定されている巨大な物です。





集合場所に向かう途中で砂嵐がひどくなってきました(飛行機は無理かもと↓↓)



で本当はアブ・シンベルに着いてから昼食の予定が変更の為、


急遽、昼食をとる事になり、移動バス


レストランに着いたものの、レストラン側も急遽だった為か


なかなか食べ物が出てこず、添乗員さん&ガイドさんが何度も


お店の人に催促していました。


慌しく、食事をし結局、エジプト航空が用意したバスで


移動する為にアスワン空港まで移動です。