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昨日は有さんの3回目のコーチングでした。


センターに行く前のカミサンとの会話で「(コーチングを)毎月受ける必要があるの?」と聞かれた。

別に受けることを批難している訳ではないので腹も立たなかったのだが、引っかかるところがあった。

これまで2回のコーチングを受けた。形は表面上理解できたがそれを再現できないというもどかしさをずっと感じていました。また「木を見て森を見ず」状態で丁寧な説明を受けても腹に落ちないというか納得できていない朦朧とした自分がいたのも事実でありました。

今回のコーチングをある意味での自分自身への判定にしようと思っていました。プロが認めるコーチのコーチングを受けても自分には習得が無理だとわかったら単なる趣味と言えどもボウリングを止めようという決断をするつもりでいました。

自分はボウリング技術を究めたいとか強くなりたいとかという単純な動機は正直言って全くありません。でも何故かボウリングの奥に潜むものを知りたい気持ちがありました。ここの部分は市販のボウリング教本には一切触れられていません。プロのレッスンでも同じではないでしょうか。それを教えないのか知らないから教えられないのかは知りませんがそのことが余計に好奇心を煽らせたのかも知れません。

只、誤解して欲しくないのですが今までの教本やプロのレッスンが間違っていると言っているのではないのです。断片的なものばかりで理論体系がなかっただけなのです。そういうことから「ボウリングは経験のスポーツ」と称されたのかも知れませんね。


2時間のコーチングはあっという間に終了。
こちらは汗びっしょりです。
ワンボックス貸切。隣のボックスでは顔見知りのボウラーがリーグ戦で投げていた。挨拶もせずにすみませんでした。

休む間もなくひたすら聞いては投げの繰り返し。今回もダメかと正直思いました。

しかし、ある部分のアドバイスを聞いたとき初めて投球の輪郭というか「森」が見えてきたのです。バラバラのパーツが繋がったような感覚でした。

私にとってはまだぼんやりとしてますがまさにダイアモンドリングのようでした。

これでもうちょっとボウリングをしてみようと思いました。

簡単に身に付くものじゃないけど確かな理論という骨格を意識しながら練習するとしないのでは雲泥の差になることでしょう。物にすることができるのかどうかは全くわかりませんがこれからもマイペースで続けていこうと思います。


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月に入って聴いている曲。


相変わらず フルトヴェングラーですわ。


1. 交響曲 第6番 ヘ長調 作品68≪田園≫ 第1楽章


:「田舎に着いた時の愉快な気分」(アレグロ・マ・ノン・トロッポ)


2. 交響曲 第6番 ヘ長調 作品68≪田園≫ 第2楽章


:「小川のほとりの情景」(アンダンテ・モルト・モッソ)


3. 交響曲 第6番 ヘ長調 作品68≪田園≫ 第3楽章


:「田舎の人々の楽しい集い」(アレグロ)


4. 交響曲 第6番 ヘ長調 作品68≪田園≫ 第4楽章


:「雷雨、嵐」(アレグロ)


5. 交響曲 第6番 ヘ長調 作品68≪田園≫ 第5楽章


:「牧歌、嵐の後の喜びと感謝」(アレグレット)





明日は一ヶ月ぶりのコーチング日。


こちらも相変わらず進歩なし。


これは習う側に問題ありなので仕方がないんよ。。


一歩でもステップアップしたいけど無理だべな。


でも


何かひとつでも新しいことを基本とは別に教わろう。


さてさて


どうなることやら。

昨夜、カミサンからENDING NOTEを渡された。

自分はレポート用紙に書くとのことで

買ってきたENDING NOTEをくれたのである。

以前からそろそろ書いておかなきゃと話していた。

でもいきなりこうして渡されるとぎくっとする。

寝る前にぺらぺらめくってみたけど

余分なことが沢山あるなと思った。

今まで一番楽しかったこととか辛かったこと等

子供たちに敢えて伝えるべきことでもなかろう。

自分は子供が判断をしかねないように自分の

意志を明確にしておけばいいと思う。

例えば延命治療はしない。

尊厳死を希望する。

臓器提供はしない(運命に逆らわないのが自然な生き方である)。

葬式はしなくて直葬でよい。

死んだらバッハの曲を流してくれれば。

とかね。

自分には誇れることももない。

おまけに財産もないので

そういう意味では簡単である。

書き残そうとするものがないから

後始末をどうしてもらいたいか書けば足りる。

人間はいつかは死ぬし、それが今日明日かも知れぬ。

せめて残った者が困らないように

最低限のことは今から準備しておかなければならない

と思う。まだ50代半ばだけど決して早くはない。