中学1年生だった。
昨日で、ちょうど15年ですね。
1日経過してしまいました。
私は、当時を振り返ると、本当に幸運だったとしか言えません。
失いたくないのに失ってしまった人たちのことをもっと考えないといけないのに、
どうも何も失っていない私は、生きていることを当然のように思いがちだということ。
祖母の家が全壊し、避難生活をしていたということがあった程度で、
直接的に、私や私の家族や親戚たちの身体に被害を及ぼすことはありませんでした。
あの恐ろしい阪神大地震を「経験」したこと以外には。
当時私は、中学1年生でした。
ベッドが大きく揺れたのと、大きな地鳴りだけは、今でも忘れられません。
今は、少しの揺れでも、敏感に感じてしまうくらいです。
家の下敷きになって亡くなった友達の名前を、ニュースで知り、
今もそれが現実なのかどうか分からなくなることがあります。
今は日本中あらゆるところで、地震が発生し、被害にあわれている方も
たくさんおられます。
そのたびに、忘れられない記憶が蘇り・・・・
今生きている幸せを実感します。
何かを考えて、何か行動を起して、自分の意思のまま生きていける。
そんな生活をありがたいと思わなければ、
失いたくないのに失ってしまった人たちに申し訳ないと思わなければ。
こういう考えるきっかけがないと、
いつまでも、平和ボケというか、生きている退屈さを感じたりしてしまったり。
忘れてはいけない出来事でも、年を重ねるごとに、少しずつ色あせていってしまう。
そんな風にさせてはいけないのだと、神戸は街をあげて、
この先、何年も何年も、震災の追悼をしていかなければならないのではと感じます。
ルミナリエも、本来の目的から少しずれていっているような気もして、
どっか寂しく感じたりします。
神戸の目玉イベントという看板が大きくまとわり付いている感。
だけど、それが神戸復興に一理買っているのであれば、結果オーライなんでしょうね。
昨年末時点で、神戸市民のうち、約3割以上は、震災を知らない・・・らしいです。
震災経験者の方々が、震災を知らない子供達に、
震災教育というのも行っていました。(今も続けていると思いますが)
そういう風に、風化させてはいけないという意識が、どこか感じられます。
震災で被害にあわれた方々、亡くなられた方々、
心より、ご冥福申し上げます。