それでも生きる子供たちへ | mOViE!

それでも生きる子供たちへ

 原題:All the Invisible Children (2005) 

 7人の監督(メディ・カレフ、エミール・クストリッツァ、スパイク・リー、カティア・ルンド、ジョーダン・スコット&リドリー・スコット、ステファノ・ヴィネルッソ、ジョン・ウー)による7話のオムニバス・ストーリー。124分。

 ドキュメンタリーではないが、どの作品も現実味を感じさせてくれる。


 お金があれば地球のどこにでも行け、インターネットに繋げれば地球の裏側の人ともほとんど時差なく話す事ができるようになった今日、人の幸・不幸が世界基準で量られる場合がある。
 故に一般的に不幸と思われる事………飢餓、貧困、難病、紛争、難民、児童売春、児童労働………主にこれらの事を、世界規模の団体はそちらの方にだけ「どうにかしなきゃ」と呼びかけている。

 しかし物質的に恵まれた先進国にだって、「どうにかしなきゃ」いけない問題はたくさんある。このオムニバス作品は、ルワンダからアメリカまで、そういっ た国ごとに違う苦しみが平等に扱われているから、どの国の人でも見る事ができ、どの国の人にも支持される作品であると思う。

 日本に生まれ住み続けている私は、先進国での苦しみを訴えたい。

 日本に生まれたから幸せ?とんでもない。幸せじゃないと言ってるわけではない。日本には日本なりのモラル・価値観・法律があり、それにそぐわなければ不 幸・不道徳・違法・犯罪とみなされてしまう。後進国の様子を見て、安堵したりや今の生活に感謝をする事など、私にはできない。日本には日本の平均生活水準 があり、日本で生活し、主に日本人という同一の教育のもとに育った人々に囲まれて生活している以上、私は最低でもその平均水準以上の暮らしがしたいと思 う。私自身の生活はそれ以下でもいいと思うが、子供ができたらどうか。この国で子供を生む以上、その子にはこの国の平均以上の生活をさせたいと思う。

 私は先進国に生まれた。確かに食べる物に困った事はないし家もちゃんとある。両親もいる。治安もよく戦争の心配も当分ない。島国が故に地震が多い国だが、地震が起きても誰も何も騒がないくらい、平和だ。

 でも私は周りの人に「かわいそう」と思われがちな環境に育った。実際自分でもこの国の平均的なモラル・価値観にそぐわない生育環境にあったと思う。

 「かわいそう」と思われる事。これは私にとっていちばん屈辱的だ。「かわいそう」という視線は自分よりも恵まれた人が向けるものであるからだ。

 私はあるレビューを見つけて不快になった。この映画を「薄っぺらい」と思ったそうだ。その女の子は19歳。大学生で、アフリカでのボランティア活動に協 力しているようで、仲間に日本のテレビ局がいかにも「かわいそうと思わせる」ために作ったドキュメント映像を紹介して協力を求めていた。

 それがすごくナンセンスで、この記事を書くに至った。
 青春時代に味わった屈辱をただ思い出した。

 集団で特定の人を「かわいそう」と思う事は、悪意はなくとも、いじめと似たようなものに私は感じる。この人は私とは違うと思う事=疎外している事になるから。


 この映画はそれぞれの子供たちを「かわいそうな子供」として撮っていないから好感が持てるのだ。

 子供たちは、自分に誇りを持って、いまを精一杯生きている。たまの助けはありがたいと思うが、自分の人生の全てを他人に預けたいと思うほど希望を失ってはいない。むしろ希望に満ちている。


 統括。

 1話目「タンザ」は、環境は違えど主題は現代の日本社会に通じるものがあると思う。就学、労働という義務に苛まれ、上からの命令に従わなければ生きていけない毎日。自分の意志で生きられない辛さ。タンザは学のある子供だ。学校に行きたい。でもそれは叶わない。

 2話目「ブルー・ジプシー」は悲壮感は少ない。自由とは何なのかを問題提起している。

 3話目「アメリカのイエスの子ら」はアメリカの日常がとてもリアルに描かれていた。題名もいい。終わり方に希望を感じる。

 4話目、「ビルーとジョアン」、6話目「チロ」は、ある子供の世界を垣間みた気分になる。

 5話目「ジョナサン」だけは他の作品と切り口が違う。

 7話目「桑桑(ソンソン)と小猫(シャオマオ)」は私の好きなジョン・ウー監督作品だけあって、ストーリー性が濃かった。私がさっき述べた通り、裕福で も貧困でも苦しみはある。この作品はそれ以上に、その苦しみは当事者同士で共有できるというメッセージがあるのではないかと思う。それとこの作品だけは大 人の苦悩も描かれていた。




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