昨日、私の愛する二宮正治が、
「おれは学生時代、コメディアンになりたかった。東洋大学に通っていた頃、東武東上線の人々にギャグを聞かせたら受けたよ」
と怪気炎をあげていた。
「昭和四十七年頃、東上線沿線に人がいたかい」
ちゃきちゃきの江戸っ子が二宮正治に聞いた。
「池袋から少し過ぎたら何もなかった」
こう答えたら、
「人々は涙を流して笑った」
江戸っ子は、
「人がいないのにどうやってギャグを聞かせたんだ」
二宮正治につっこむ。
「あの沿線、駅しかなかった。とにかく何にもない。最初は独り言をいていたら、野犬や野良猫が寄ってきて、話しかけていたら、どっからともなく人が集まってきて受けに受けた」
と江戸っ子とやりとりしている。
「ほんとかよ」
と江戸っ子はびっくり仰天していた。
二宮正治は嘘をつくような人ではない。
私は広島大学の同級生で埼玉出身の人に聞いたら、
「二宮正治の言うとおりだったそうである。今はこの沿線大都会になっているそうだ」
二宮正治がポツリと言った。
「落合が大きな荷物を持って東上線で東洋大学、文京区白山校舎に通ってきたなあ。最近の彼の姿を見ると、月日の流れを感じるよ」
私の正直な気持は、
「二宮正治にコメディアンは向かない」
でも機嫌を損ねたくないので言えない。
「沈黙は金也」
こう思っている。