扉を開けると4人程入れる個室だった。モニターに最近デビューした歌手のインタビュー映像が流れていて、薄暗い部屋には少し眩しい。
前回の合奏でのソロの出来に満足できなかった私は、個人練習しようとカラオケにいた。
スペインを題材にしたクラリネットのcadenza。冒頭からハイトーン、連符も多く確かな技術を求められる。歌う隙のない譜面に、私はどう演奏するかまだ決めかねていた。
音出しを済ませ、ソロの練習に取り組む。
できるだけ本番と同じくらいの緊張感が欲しい。私は録音をするためスマートフォンに手を伸ばした。
唐突に聞こえてくる扉のノック。
店員だろうか。でも、オーダーは何もしていないはずだ。
扉が開く。
深緑の太めのズボンに黒いTシャツ。
ユーフォニアムパート三年生のK川先輩がいた。
「Kぴー、なんでここにいるの?」
悲鳴が出そうになったが、かろうじで私は尋ねた。
(K川先輩は年上だか、地球規模で考えればほぼ同い年という理由でタメ口が許されている)
「あぁ、うん。ちょっとね。H隈もソロの練習?」
なんとなく歯切れの悪いK川先輩に私は察した。彼も定期演奏会でユーフォニアムのソロがある。私のソロとは対照的な叙情的な和風のメロディ。
私はよく聴いてなかったが、前回の合奏の出来にはあまり納得していない様子だった。
彼も練習に来たのだろう。
「H隈のクラソロ、でかミクそしてちいミクからのギグをきかしたらいいと思う」
きっと、彼は最近覚えたばかり言葉、デュナーミク(ダイナミクス)とアゴーギグ(ギグ)使いたいのだろう。
ちいみく……。
彼の伝えたいことを、なんとなく理解できて私は笑った。
「お互い悔いのない演奏ができるといいね」
私の言葉に、小さく頷いたK川先輩は扉の向こうへ消えた。
隣の部屋から男性の歌声が聞こえてくる。
本番まであと二ヶ月か。
カチリと、透明なスプライトの入ったグラスの氷が溶ける音が耳に入った。
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