昨日は

抽象化とは=共通点を見つけること、まとめること、

という話をしました。

 

言い換えると【同種のものをグルーピングする事】ですね。

 

今日は【言葉は抽象化の産物】についてお話をします。

言葉は非常に抽象的です。

『賢い』という言葉ひとつとっても、全然個人によってとらえ方が違います。

 

世間と上手くやっていく賢さ、

勉強が出来る賢さ、

アイデアがどんどん閃く賢さ、

これらをグルーピングして、抽象的に賢いと言っています。

 

でも、具体で見ると(上記の青文字)全然違うものを指してますね。

 

そのため【コミュニケーションの行き違い】、言い換えると【私はそういう意味で言ってない!】

という事が起こります。。。。

家族間でも、会社でもしょっちゅうこのような事ありますよね。

 

さらには、『抽象的』な視点でものごとを見てる人(=出来事を全体から見てる)

『具体的』な視点(=出来事を個別に見てる)人とでは、絶対に話がかみ合いません。

 

その例として、

あなたの家族が、他人によって大けがをさせられたとしましょう。

 

抽象的に物事を見てる他人は

『加害者にも人権がある』と言いますし、

 

具体的に見てる被害者家族は

『お前の家族が同じような目に合っても、同じことが言えるのか!?』

 

という不毛なコミュニケーションに陥ります。

 

 

その他、本社と現場の関係も同じです。

政治家と国民の関係も同じです。

 

明日も、もっと詳しく見ていきましょう。