マスコミの伝えることには限界がある。とりわけ期待が多かっただけに失望が大きく、ややもすれば関係者や諸々の問題を暴露するような論調も目立つ。
STAP細胞 「心からおわびする」小保方リーダー、論文撤回の意向
一つはSTAP細胞の行く末と似た感じがあり、当初”画期的な発見だ”とみなされたものの最終的に誤りだと決定づけられたものである。去年か一昨年だったか、光よりも高速度で伝達する”何か”の存在を仄めかす結果が得られたというニュースがあった。海外からもたらされた情報だったと思う。数ヶ月くらいかなりの騒動になったものの、最終的には数値の誤りは測定法や機器のノイズ等によるものであり、誤りであったとして撤回されたと思う。マスコミの興味と同じで、私自身もうそれがいつの事件だったかも思い出せない。即ち、誤りと判明した後は一気に関心が収束し、ニュースとして取り上げられなくなって私たちの記憶から葬り去られた。
もう一つ、これは前の例とは異なり、当初は論文に致命的な疵があったものが克服され、最終的に”真である”ことが確かめられ華々しい結果を導き出した事件である。Andrew John Wiles によるフェルマーの最終定理(FLT)の証明である。
ある解説書で読んだところによると、Wilesは証明の論文を提出した当初は真に証明できたと確信していた。実際、殆どすべてに関して正しかったのだが、ごく小さな”疵”があるらしかった。しかも哀しいことにその疵は容易には取り除けなかった。彼ももそのことを認め、確か論文は彼自身により撤回されたと思う。
生物学と数学では、取り組む対象が本質的に違う。方や実際に観察可能な対象であり、他方は人間の造り出した概念である。しかしいずれも私のような門外漢には、それを正しく理解するには基礎的知識と証明の構成法など大変に長いプロセスを要する点では共通している。実際、これらのニュースが一般向けに伝えられようとしたときも、配信社各社は説明にかなり苦労していたようだ。
一連の事件は、マスコミに取り上げられニュースになることで殆ど初めて一般人の目に触れるところとなる。それ以前から研究者が活動しているのは言うまでもないことなのだが、その過程が伝えられることは殆どない。99%以上は表に出ることなく孤独な闘いを日々行っているのだろう。特に数学は抽象の学問なので「それが証明できたからと言って一体何の役に立つのか?」という目で見られやすい。一つの問題に固着し、何としてでもねじ伏せて(証明して)みせるというのは、一般人には想像を絶する精神の闘いである。
何かの書籍で取り上げられていた言葉を思い出した。
「精神の戦いは、ときに人間同士の闘い以上に酷たらしい。」
さて、今の日本および世界でも、ある”宿敵”に対して日々精神の闘いを挑んでいる数学者や研究者は居るのだろうか。
古典的で有名な未解決問題は今でも山ほどある。しかし最近、そのいずれも解決は元より一定の成果が得られたという話を聞かない。あるいはマスコミ自身の伝える努力不足によるものなのだろうか。



