自分のコレクションの中で、希少性は無いけど、「思い出の列車のだから・・・」というだけで買った物が少なからずあります。
列番345M東京発大垣行き 165系11両編成。
「サボ」としては「差し込み白板琺瑯浮き文字」サボという部類になり、コレクターの中では、あまり人気のない部類です。
ただ、この行き先は今では多少「値」が張っています。それでも・・・
お金の話は止めましょう。
小学生高学年~中学生~高校生まで春、夏、冬休みには必ずと言ってもいいほど乗っていました。
東京駅9、10番線。今考えると素晴らしいホームでした。
16:35発の寝台特急「さくら」に始まり22:45発急行「銀河」まで実に10本もの寝台列車が出発したホームです。さらに昔に遡れば12、13番線が、この比じゃないくらいの長距離列車が発車して行く「名ホーム」
この錚々たる列車が出発して行くホームの残り2列車目に発車して行くのが23:25発345M「大垣行き」でした。
早い時だと18時頃から、遅くても21時頃までにホームに並んでいないとシーズン中は絶対に座れない列車でした。
一番壮絶だった時は、自分が先頭から3~4番目に並んでいて23:07の入線案内放送が流れるとザワメキ立ち、そして入線、後ろから「我先に」人間が一斉に押し始める、そしてドア開放直前、一番前に並んだ人はほとんどドアに押しつけられている状態。
ドアが開くと1番前と2番目に並んだ人が後ろの圧力に負け車内に倒れ、後ろの自分たちがその人たちを乗り越える形で車内になだれ込む、アッと言う間に車内は満席。
前に並んだ人たちは大丈夫だったのかな??と思いつつ、無事席取りができ、ほっとする・・・
ひどかったな、あの当時は・・・大学生が多く、中学生のころの自分はは圧倒されまいと、相当気合いを入れて並んでいました。
通路もデッキもみんな、何かを敷いて寝転んでいるような状態。
そんな列車でも、安上がりに九州まで行きたいときなんかは最強の列車。
全部各停に乗っても、出発翌日の晩には熊本に到達。
良く疲れなかったな・・・よく並んだな・・・ケツ痛くならなかったっけ??
でも同じボックスに座ったお兄ちゃん達と仲良くなったよな、いろんな話聞けたよな・・・
嫌な思い出は無いなぁ・・・
このサボを部品屋で発見した時はトキメキましたよ。
晩年は「プラサボ」だったかな??とも思いつつ・・・
でもこのサボは自分の目にしっかり焼き付いている本当に思い出深い「逸品」なんです。
長文失礼しました。
それでは・・・zzz
