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あの夏の日 ー夢の甲子園ー
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甲子園を目指した時がある。
今から、30年前の話である。

中学までは、不良とまでは言われなかったが、悪い方で一番目立っていた。

警察にも、バイクの無免許で捕まったことがある。
酒もタバコも遊び半分で少しだけやってみたが、ぜんぜん美味しくなかった。
(ん、十分不良かも)

高校では高校球児はそんなことをしてはいけないとの小さな頃からの倫理観から、一切、酒、タバコをしなかった。
(当たり前や。)

その小さな頃からの倫理観は、高校野球への憧れだったと思う。

さらにその思いを掘り下げてみると、それは野球そのものへの憧れであり、巨人が大好きだった父に認められたいという願望だったのかもしれない。

んー、当たらずとも遠からず、と言ったところか。

もちろん当時は高校野球への憧れがそんなとところにあるなんて思いもしなかったが。


高校1年の1学期は、そんな憧れがあるにもかかわらず、部活をしょっちゅう休んでいた。

その理由のために、親戚が何人死んだか。おじいちゃんは5回くらい葬式をしたように思う。


そんな自分が変わるきっかけとなった試合があった。

三年生の最後の大会となる夏の大会福島県予選である。
夏の甲子園を目指す高校球児数万人が激闘を繰り広げる大会である。

3年の先輩たちの最後の大会。その一回戦での試合は、一点を巡る激闘となった。

9回までには決着がつかず、延長戦までもつれ込んだ。お互いが常に得点圏にランナーを進めるという緊迫した展開で、ヒットが出ても、エラーが出ても万事休すである。

観客席では双方の応援団が、悲鳴にも似た応援を繰り広げている。中には泣き出す女の子や手を合わせて祈る人たちもおり、まさに勝利に向けて選手共々一体になっている姿がそこにあった。

自分も声が枯れるほど、応援し、みんなと一体になった。

結局は、こちらがヒットと相手のエラーによって1点をもぎ取り、12回の裏を守りきって一回戦を突破した。

あの時の感動が、1人の真面目な高校球児を生み出した。


そんな自分も3年生となり、控え投手の補欠でありながらキャプテンというちょっと不思議な人間に成長していた。

私たちの夏は本当に呆気なかった。一回戦で一点も取れず、7回コールド負け。

当然そんな展開では控え投手に順番が回ってくるはずもなく、高校生最後の夏は一度も出場することなく終わった。

あれから30年ー。

それでも、汗を流し、涙を流し、甲子園という夢を追いかけたあの3年間は今の自分を支える宝ものとなっている。

ありがとう、甲子園。

ありがとう、支えられてくれた人たちへ。

ありがとう、あの夏の日・・・。