古い批判の続き | ウソの国ー詩と宗教(戸田聡 st5402jp)

ウソの国ー詩と宗教(戸田聡 st5402jp)

キリスト教、ポエム、理念、批判、など。古い記事が多いです。

 
  古い批判の続き
 
 
シャロームshalomの「讃美の家」批判11
 「7×7×10=無限」未承認コメント続き
 
 土の器→「平和の福音」
  
>まず行って兄弟と仲直りをし
>わたしたちも互に愛し合うべきである
 
最初に私を敵としてコメントを葬ったのは誰でしょう。
それを改めないでいるのは誰でしょう。
私は和解を申し出たのに応じなかったのは誰でしょう。
  
>和解しなければならない人の前でも、ともすれば
>「なぜ、私のほうから謝らなきゃいけないの?
>私は何も悪いことしてないのに」と
>自分を正当化し、保身に走ることがあります。
  
私が和解できないのは、
  
あなたが和解に応じないまま
私のほうが謝罪して和解するのは、
あなたという人に隷属することになるからです。
  
あなたのほうは、
上の「私」に自分を当てはめることはなさらないようです。
  
そういう人がこの記事を書き、または引用するのは
驚きとしか言いようがありません。
  
2011/8/16(火) 午前 9:19[ st5402jp ]
 
 (2011年08月16日)
 
 
土の器→「「宗教」に変質させてはならない」
他の牧者の記事の転載
  
>キリスト教信仰は、自分を安全地帯に置き、
>苦しむ者の叫びに耳を塞ぐ生き方とは無縁です。
  
この生き方・行き方をしているのは、続けているのは、
まさに、自分を自分のブログという安全地帯において
耳を塞ぎ続けているのは、あなたご自身ではありませんか。
  
記事としては、この部分も「もっともな話」だが、
あなたが語ると「もっともらしい(ことを言う人の)話」になってしまいます。
  
2011/9/6(火) 午後 3:57[ st5402jp ]
 
(2011年09月06日、加筆修正)
 
 
シャロームは、もっともらしい語り口で、自分に向けられそうなことを、批判者に向けてきます。何も知らない人が読めば、頷きそうな道徳的なことを言ってきます。こういうところが、8年前と最近とで少しも変わることがありません。
 
このような、まるで悪魔に身を売ったかのような狡猾さが、シャロームの特徴であり、そのことが、シャロームが、ただの老人ではなく、易坊という荒らしとつながっているか、あるいは、易坊の成りすましではないか、という疑いにつながってゆくのです。
 
(2019年04月20日、加筆)
 
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