スピリチュアル界隈やら都市伝説界隈で色々言われている七月五日ですが、私の見解としては【起こるときは起きる、起きないときは起きない】と言う言い方になります。というのも人類全体の修行としてその事象が必要な方向にあればそれは起こるでしょうし、必要でない方向に行けばそれは起こりません。明日は私達には誰にもわからないです。自分の人生に必要なものが起こります。ひとつ思うのは、言われている内容通りならば必要ないルートに向かえば良いですね。そう思って手を合わせている方が

何処かにいるかと思います。ノストラダムスの時も予言が起こらないように祈りを捧げていた方々がいらしたそうです。(その結果起こらなかった可能性もありますが、真実は神のみぞ知る、ですね)言霊という言葉があるように言葉には力があるし、人を慈しむ心や逆に憎む心なども人に届きます。色々なものが絡み合って世の中は日々変わっていっています。日々自分の心を磨いて解脱に近付ける様にしていきたいと思う今日この頃です。

色々バタバタしている間に更新できずでした。今回は神様は言葉遊びをする(この表現で良いものか)です。例えば人の話全くを聞かない人がいるとします。そしたら神様的には「聞く耳を持っていない」と考え「じゃあ耳必要ないよね」となるらしいです。まあそこまで極端ではないと思いますが…その人の修行に必要であれば聴力は失われていくかもしれません。(あくまで例え)それと同じように見る目がないとかも日本語としてありますよね?そういうのも関係していたりします。書いていて思い出しましたが、過去にとある病人を馬鹿にした方がいました。その人はその病気を生活習慣病(その病気は生活習慣病ではない)だと思い込みその方を馬鹿にしたそうです。そしたら自分が同じ病気になりました。スピリチュアル的に何故かと言うと【その人の気持ちを知るため】【その人の病気を学ぶため】にその病気になったと上の世界の方から聞きました。それも魂の修行のひとつということですね。起こる事は魂の修行です。辛くて投げ出したくなりますし、苦しくもなります。私も病抱えているので「時に勘弁してくれ」と思います。まぁわたしの場合病は【前世のカルマ】が今生で来たみたいですが、、過去世の私何したんですか…

良く菩提を弔うと言いますよね?菩提とは何かはお遍路を参考にすると面白いですね。あえて書きません。家で仏壇でお教をあげるとあの世にいるご先祖様にその声が届きます。ご先祖様は亡くなっても解脱してない限り天界で修行しています。あの世も色々あるらしく道が沢山あり迷ったりするそうです。そんな時に「こっちだよ」とお教の声が助けになるそうです。ご先祖様があの世で平穏に暮らせていないと私達にも悪影響が及んだりもするそうです。これが成仏出来てないと言うことなのでしょうかね…私もそこは分からないですが…まだまだですね。皆様も毎日とは言いませんが縁者の月命日などに手を合わせて拝んであげるといいかもしれません。ご参考に。ちなみにうちのばあちゃんは自分で拝んていたり生前から徳を積んでいたので霊格が高くあの世の高いところで楽しくやってるらしくお教上げなくても大丈夫らしいです。やっぱり謎だうちのばあちゃん…何者なんですか(笑)