私はバスの運転手の父と看護師の母、7つ上の兄の下に生まれました。


じぃやばぁ、親戚も近くに住んでいて和気あいあいと一見幸せな家庭です

けれど私の父は酒豪で


DVの父でもあり、母の夫でした。


少し気にくわない事があれば母を殴り、家中の物を壊しぐちゃぐちゃにしていました。


ある時父が母に暴力をふるい、母が逃げ出し私が泣いていると父が


「お前も出てけ!」


といい、幼い私は寒い夜中


裸足で上着も着ず逃げ出しました。


今もフラッシュバックとしてよみがえります…


ずっとおびえてた


父の機嫌をそこなわいようにと…


父は母の働く病院まで押しかけ怒鳴りちらすなど日常茶飯事でした。


私はあんな父親なんか


早く死んじゃえばいい。

そればっかり思ってた


月日がたち、母と父は別居し母が逃げてる形となり


私は途方もなく親戚の家を転々としてた


そのたびに


「貧乏神」だの「お前なんか施設行けばいいのに」

などなど親戚からも暴力を受け精神的にボロボロでした。


私が小学6年生の8月13日

父が肝臓ガンで他界…。

実家がある千葉で亡くなりました。


私は幼いながらも人の死を肌で感じました。


父の顔はやつれ誰だかわからないほど痩せていました。


もう暴力を受けなくて済むと安心したと同時に


父親が亡くなったという

現実を改めて感じました

中学に入学後すぐにいじめにあい


不登校…


リストカットや拒食。


そんな私でも看護師になるという夢を持っていました。


中学2年の時、母は新しい恋人を作り一緒に住んでた。


私にとっては、幼い頃から母と暮らしていなかったせいか母を捕られたという気持ちでその恋人に反抗ばかりしていました

2年生の夏から私は相談室登校をするようになりました。


いじめを受けた反動で男性恐怖症となり


電車にも乗れず


人と一緒に居る事もできず教室に行く事は不可能でした


けれど看護師になるという夢を諦めず高校に行く事を決意し


受験。


一次で落ち


二次でも落ち


レベルを下げて下げて
三次でやっと入れた


高校に入ってから教室に居ることさえできなかった私。


けれど負けてらんない!

という思いでなんとか1年生を乗り切れるかと思ってた時…


母の恋人(この時すでに婚姻済み)が実父と同じ

肝臓ガンで亡くなりました。


今まで反抗ばかりしてきた


嫌いなはずなのに涙があふれずっと泣いていました。


父が亡くなる数日前


私は本能で父の身体をさすっていると父に


「お前はこんなに優しい子だったんだね」


と言われ私は返す言葉もなかった。


この時人の死がこんなにも


悲しくて


神秘的で


自分が自分でなくなってしまうものかと感じた。

やっぱり看護が好き


必ず看護師になってみせる


そう決意し、高校を卒業

今の専門学校に入学。


けれどそうは簡単に物事は進むはずもなく…