皆様へご報告があります。





私事ではありますが、日本プロ麻雀連盟所属、駒田真子と本日入籍いたしました。






日々生活をする中で、人生の伴侶として生涯を共にすることに疑いの余地がないとお互いに悟り、短い交際期間ながらこのような形で縁を結ぶことになりました。






ご存知の方も多いと思いますが、2018122日にMLスタジアムをオープンいたしました。

約一年もの間、体に鞭を打ってがむしゃらに走り続けられたのも彼女の支えがあったからかもしれません。






この一年間で私の中で考え方が大きく変わりました。それまでは自分が楽しむことに重きを置いていたものが、今では周りの人が楽しんでいる姿を見ることが好きになりました。

その変化は間違いなく環境に作用されたものだと思います。




MLスタジアムに来ていただいているお客様は誰もが暖かく、みんなで楽しもうとしてくれます。本当に素晴らしいお客様に恵まれ感謝しかありません。




この一年、MLスタジアムを守る為に尽力してきました。これからはその力を家族にも回しつつ、MLスタジアムや麻雀業界の発展に貢献できたらと思います。






まだまだ未熟な私達ですが、どうぞこれからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。








P.S.




駒田真子は元プロ野球選手、駒田徳広さんの娘です。父親との大切な繋がりが損なわれないよう、名前はこれまでと変わらず駒田真子のままで活動いたします。





(※結婚写真は現在作成中)























  その年のマスターズは小車が制した。仲間がタイトルを取ると、嬉しい反面悔しさも感じる。しかしそれは当たり前のことだ。同郷のライバルの栄光をただ喜ぶだけでは勝負師としてあまりに覇気がない。もちろん当日は全力で祝福するが、翌日からは負けた悔しさを実力の向上に繋げることがあるべき姿だとそう思う。





東京に慣れるのにそこまで時間は掛からなかった。気づけば東京の言葉遣いが身についたし、電車に乗ればどこへでも行ける。





東京の人は冷たいという印象もすぐになくなった。確かに九州ほどありがた迷惑に思われても仕方がないほど周りに干渉しようとする文化はないが、しかし皆基本的に身内に優しい。ただ、無駄を嫌うので、そこは気をつけなければならなかった。







対局も最初は順調だった。D3リーグからスタートし連続昇級。2年目はD1リーグで一度足踏みしたもののその後昇級。この年は十段戦で二段戦から7連勝し九段戦Sまで勝ち上がり、王位戦はベスト16まで残り、グランプリMAX出場まであと一歩という所まできていた。その後は特別昇級リーグで優勝し、上京して2年半でB2リーグに昇級した。







勝ちが続いている時は気分が大きくなるものだ。ただ、何故か必要以上に自信を持ってしまっていた。このまま上のリーグまで駆け上がれると思い上がっていた。







 
しかし、その後すぐに忠告を受ける。







「東谷君はさあ、良いものを持ってるとは思うけど、麻雀が雑。このままだと絶対B2かB1で降級することになると思うよ」






そう勝又が予言にも似た指摘をしたのだ。確かに自覚はある。ふとした時急にスイッチが切れる瞬間がある。





公式ルールは考えなければならないことがあまりに多い。相手の手出しツモ切り、順切り逆切り、誰がどう対応しているのかを頭に入れ、そこからどのターツを持っているのか、ドラはあるのか、何シャンテンなのかを常に考えなければならない。
牌で会話する、という言葉があるが、公式ルールほどそれを実感できる頻度が高いルールはない。






しかし、だからこそ浪費も早い。瀬戸熊が鳳凰位決定戦の為に走り込みをするのは有名で、心技体が揃わなければ麻雀もいいパフォーマンスを出すことはできないのだ。





この時はまだそれを十分に理解できていなかった。A1に昇級した勝又ほどの実力になれば、情報処理能力も尋常ではない。一緒に打っていてノイズを感じればすぐに議論になり、半端な回答をしようものなら理路整然と説き伏せてくる。






よく勝又は頭がいいという表現をされる。確かにそうなのだが、決して天性のものだけではない。解説がわかりやすいと言われるのは若かりし頃に話の上手い人を見続けたから。麻雀の情報処理が異様に早いのは、ずっとトッププロの牌譜を見続けてきたから。 






「俺より努力しないと永遠に追いつくことなんてできないよ」





お前らの努力は足りていない、暗にそう言われていたのに、この時はどう努力して雑だと言われている部分を改善すればいいのか、まだわかっていなかった。






(続く)


浜上は言葉を続けた。






「鳳凰位戦に出たいなら毎月東京に通えばいい。タイトル戦も頻繁にあるわけではないから、九州で地盤を固めながら中央で名前を覚えてもらい、皇帝位を取ってから上京しても遅くはないと思う」





浜上は決して無理難題を提案しているわけではない。なにせ浜上自身が10年(5年前の当時)もの長い間、毎月リーグ戦の度に飛行機で福岡と東京の間を行き来するということを実践し続けているのだ。





浜上は覚悟を試そうとしているのか、それとも今のままでは通用しないと心配をしてくれているのか、はたまたその両方なのかこの時はわからなかった。


ただ、少なくとも浜上は中央で結果を出せずに埋もれていく人達を見続けてきているのだ。東京へ行けば茨の道が待っていることや、半端な覚悟で行くぐらいなら九州に残った方がいいということはよくわかった。

 




もう一度しっかり考えた方がいい、そう言って浜上は席を立った。








帰って布団の中に入ると浜上の言葉と共に様々な思いが頭を駆け巡った。何故プロになったのか。自分は何を成したいのか。



九州に残ればいつかは皇帝位を取れるだろう。だが、それは何年後の話なのかわからない。その時自分の価値は今より上がっているのかもわからない。






結局上京するにしても九州に残ることにしても、勝負師としての道を歩む以上、成功するか否かはやってみなければわからないのだ。埋もれ、何も成せなければそれだけの存在だったのだと自分を笑えばいい。ただ、自信がないわけでもない、そう思える今がベストなタイミングなのではないか。ふわふわとしたものが自分の中で決意に変わり、そして思いは固まった。





浜上に会い、上京を決めたことを話すと「そうか、がんばって」とそれ以上反対はしなかった。
どうでも良ければ最初から反対などしなかっただろう。心配してもらえたことは素直に嬉しかった。




九州本部の面々、その他にもお世話になった麻雀業界の人、友人、そして家族、東京に行くことを伝えると皆一様に声援を送ってくれた。

吉田は泣いてくれさえもした。ああ、こんな居心地のいい場所を棄てて今から魑魅魍魎が集う未開の地へ行くのかと思うと、後ろ髪を引かれる思いに駆られた。







だが、それで決意が揺らぐことはない。もうやるしかないのだ。






各地で挨拶を済ませ、飛行機に乗ると、わずか一時間半で東京へたどり着いた。

見知った羽田空港。だが、この時は以前来た時とはまるで違う別世界のように思えた。もう帰る場所はないのだ。外に出ると太陽が落ちかけていた。夕陽がこれほど寂しさを感じさせるものだとは思いもしていなかった。







しかし感傷に浸ったのも一瞬。マスターズ本戦の日はすぐにやってきた。








順調にポイントを重ねトーナメントまで勝ち進んだ。ベスト56はわずか2回戦のトータルで決着が着く短期決戦。親番で満貫を聴牌すると、暴牌ともいうべき牌を勝負した。西岡は顔色一つ変えず牌を倒した。



「24,000」



覚悟していたとはいえ、頭をかち割られるような衝撃だった。


ただこの時はやってしまったという気持ちよりも、まだ負けたくないという気持ちしかなかった。がむしゃらになり、必死になって勝ち上がりの可能性を模索した。最後まで抗ったが届かなかった。





終わってしまった。もっと上の景色を見たかった。そう思いながら得点表を書き、挨拶を終え、ふと横を見ると同卓していた魚谷の様子が少しおかしかった。



対局中は毅然としていたが、表情がこの時一変したのだ。うっすらと涙を流していた。





その時初めて、自分がまた対局を壊してしまったことに気づいた。
短期決戦や親の満貫を聴牌していたことなど言い訳にもならない。切ってはならない牌を切って壊してしまったのだ。




魚谷の涙は心を深く抉った。彼女は対局にまるで命をかけているかのように全身全霊で臨んでいたというのに、自分は歯を食いしばって何故あの牌を止めなかったのだろうか、と。






皇帝位決定戦で負けた時の記憶が蘇ってきた。ただ、その時の自分が今の自分に重なったのではなく、魚谷に重なったのだ。







いたたまれなくなった。
魚谷のことは上京する前に福岡で挨拶をしたことがあった為、面識はあったがとても声は掛けられなかった。今、その資格すらもないと思った。






自然と足が動いていた。そのまま静かに会場を後にした。







(続く)