会社の帰り道、変わった音楽教室の看板を見た。
内容というか教えている楽器の種類に「ピアノ」「ヴァイオリン」「ギター」その横に「絶対音感」となっている。
それを見た瞬間、「この教室はダメだ」と思った。
なぜかと言うと、絶対音感は天性のものであり、努力でどうこうなるものではない。
かく言う私もそれに近いものは持っているが、絶対音感ではない。
意味的には当てはまらないのだが、相反する言葉として私は「相対音感」と呼んでいる。普通に音感のある人だと思っていただきたい。
実はどちらも、極めればあらゆる音を「ドレミ」に変換することはできる。
違いはたった一つ、それが「意識的」か「無意識的」かだ。
意識的に変換できる人は、努力すれば身につけられる「相対音感」である。
そして無意識的に変換できる人が、「絶対音感」の持ち主だ。
じゃあ、どうやって見分けるの?
残念ながら、それは本人にしか分からない。なので、我々常人が見分けるのは不可能だ。
ただ、本人に確かめることはできる。
絶対音感を持つ人は、あらゆる音が音楽として聞こえるらしい。
なので、およそ雑音にしか聞こえない音を出してみる。
そして「どんな音が聞こえた?」と訊いてみればよい。
絶対音感を持っていれば「レとミとソのシャープ、変な音だね(想像です)」というような答がかえってくる。
それ以外の人は「はあ?音楽になんか聞こえるわけないじゃん」という反応だ。
横峰さくらの父親だったろうか。
以前TVで「絶対音感は、6歳までに学べば身につけられる」と言っていたが、あれもウソだ。
単に音感に優れた人間になれるというだけである。
しかし、音感そのものはいくらでも鍛えられる。
それこそ、鉛筆が落ちる音でもドレミに聞こえる域にまで達することができる。
努力はしっかりと結果に結びつくぞ。
ただ、私のように宝の持ち腐れになる可能性もあるが・・・