真に願い望まれたはずの最高最善を本当に連れてくるのか見届ける超連続的な心の軌跡~人生の癒し&クォンタムシフトの章~

真に願い望まれたはずの最高最善を本当に連れてくるのか見届ける超連続的な心の軌跡~人生の癒し&クォンタムシフトの章~

【本当の自分】を追い求めてスピリチュアル~スピリチュアリティ聖性や非二元~実在性などの習熟を目指した私の残した記録。
→その他私の人物像人生背景や過去話等はプロフィールや過去記事を参照されたし。

現在では謎にフォローされたり外されたりされるの嫌になったのでシンパシーな人以外フォロー申請受けてないです→登録しなくても読めるから大丈夫★

このブログはスマホのアプリによって書かれています。なのでPC版で見るのとは全く違うイメージになっていると私は思っています。



エリミエールって何してるどんな人なの?という疑問は下の重要リンクやプロフィールを読めばだいたいわかるかと。経験を積み重ねたら優秀な霊性の教師になる人間だと思われます。


重要リンクその1 2020年~『宇宙からのメッセージ』
https://ameblo.jp/st-lettuce/entry-12601179048.html
重要リンクその2 2013年~『全能の力を待ちわびる者よ』
https://ameblo.jp/st-lettuce/entry-11583977357.html

重要リンクその3 2021年春~『supernaturalでmiraculousな人間として生きる幸せを私に。 / 聖なる二元性☆』+スターシードインタビュー4
https://ameblo.jp/st-lettuce/entry-12668028211.html

2013年頃より霊的なマスターだとか創造主として生きることを目指して続けられているブログなので内容はスピリチュアリティや創作、クリエイティビティな話が多いです。玄人向けとかマニアックいう評価をもらうこともしばしば。


その他にもBASEショップ、エリシアンワールドにて作品などの販売もしてますので興味があればどうぞ~
🌟https://elysianworld.base.shop/🌟



エリシアンワールドのマスターとして、メッセンジャーとしてライフワークに取り組んでいきます☆
前回の記事によって
私の中では非常に話が進んだようですね!!

これで高神聖性×低周波数型人間の独特な現実感に切り込んでいく準備が整ったと感じます🙆✨



私のイメージ図はだいたいこんな感じ↓
(今回は感情の22段階の図式を採用。
→たぶん自分で感情の22段階についても情報をまとめて作成した方がいいと思うけど現状はひとまずコレで十分と思うので流用※)

まさにこんな感じなんですね!!


特徴としては、
非常に感情的波動的エネルギーレベルの低い状態である【悪夢的現実感】と聖性の原理を使うことによって一気に高次の自己意識にまで中間の層を無視して跳んだり行ったり戻ったりするという非直線的な波動的現実感というものがあるという所がまず挙げられると思うんですよ💡

中間が無い。
ということです。

自分の意識が、
完全に完全性に満ちているか、
or
完全に不完全性に満ちているか、

その二者択一という
極限の極性の世界観
というものがそこにはあるわけですよ。


どちらか一方しか選べないんですね。
痛みと喪失と絶望の記憶に埋め尽くされた自分の意識というものと、それらがすべて過去の幻想として過ぎ去った後の完全性と救いの記憶か。

普通とか中間とかそこそことかいう曖昧な認識は失われてしまっているということです。
コレにより例の、
一呼吸ごとに正気と狂気を行ったり来たりするという極限の現実感と精神状態が持続的なものになってしまうわけです/(^o^)\


言葉で語ると実に安いもんですよねぇ😝


仮に悪夢的現実感と意識から高次の完全性と救われた記憶に急激に跳ぶことを【聖性ワープ】とでも名付けることにしましょう(笑)


例えばこのような完全な極性の世界観や原理が自分の中で機能する状態になってしまうこともあって、一般的だったりこの感情の22段階を含むような引き寄せの法則論などのスピリチュアル要素も適用できなくなってしまうという困難さや独特な現実感というものが高神聖性×低周波数型人間にはあるということが、
私の言うこの部分や属性に関してはそれ以外のスピリチュアリティ要素【The other】とは明確に区別して扱われるべきものだと考える理由や背景なのです💡


ソレを表したのがこの図なんですね?
まさにこの図の右上の点の位置の現実感というものが極限の極性に彩られた数秒ごとに正気と狂気を行ったり来たりする意識状態ということです✝️


相当に深刻な分離意識で人格も乖離してること間違いなしの普通に精神病と判定されるような状態間違いなしだと思うんですね?
冷静に考えられる今となってはだけど👁️


あ~、
そうですよねぇ。
そう考えるとアレは、
purely  divine-mastery
とでも呼んだ方がそれっぽいのかも?

……それだと実はめちゃくちゃスピリチュアリティに関しては思想が強いという私の良くも悪くもある人間的一側面もよく表れてるという意味で相応しい言葉だと感じるんですねぇ(*´ Δ ˋ*)💡


そうそう!!
そういうことなんだよな!!!




というわけで図が変更されます。
ハイ。変更してきました。

ちょっとそれっぽくなってきた気がする!
コレをバージョン3としましょう。





コレだけでもう満足した気がしてる(*´ Δ ˋ*)
この記事はディバインマスタリー簡易図のバージョン3を作るためのきっかけとして考えたらもう十分に役割を果たしたと言えるだろう👍✨


ちなみに、
やっぱりこの段階ではまだまだ個人的な思想や自己満足や自己救済のためのアイディアでしかない側面が強いので、一側面としては排他的だったり
なんか思想強いな……ついてけないわ
とか私に対して思う誰かがあったとしてもそれは自然で健全な反応だと思います🙆

そもそも自我意識のレベルで自分をより良い状態にしようと考え行動した所ではプラスと同時にマイナスの要素が生まれるのは避けられないということはこの世の理というもの。
私の語る【最高最善】だとかいう高次の現実感を表す要素の方がよっぽどに世間的には異端扱いされるというのはそういうことなんですね。

そんなのは理想論的過ぎる!!

とか言われるのはいつものこと┐(´∀`)┌

理想を簡単に捨ててしまうような中身の無い人間の言葉など全く痛くもかゆくも無いし響かないということで全ブロック&カットです🙅


こういう話をする私の様を見てわかるように、
コレは高次の自己意識としての取り組みではないんですよ。少なくとも始まりとしては。

私だけは始まりの段階から知ってるから当然それを心得ているわけですが、
他の人間はそうではないでしょう???



だから私は【私のディバインマスタリー論】を他者に委ねる気はこの段階では全くサラサラ無いということです。


……っていうこういう表現や感覚って、
たぶん感情感覚の分類的には【怒り】に近いものがあると思うんですね?

実際に今の私はこの感情の22段階というものを活用しているので思い出したらこの画像とかも見ながら現時点の自分の感情的波動のレベルをほとんどそのまんま無意識の身体感覚を通して知る周波数的なレベルとして扱っているわけで。


コレで最初のやつが長らく平常運転になっていたことに対して、
さっき↑みたいに【怒り】やら【悔しさ】というものを思い出したり自分の感覚として沈んでいたものが取り戻されていったような時期があったことも思い出したんですね!💡


それを思い出した後では、
確かに私は【絶望】が基準値みたいになっていた段階を何年かかけて抜け出した後に、
ひたすらに非実在性を憎み呪い消滅させることを望む【復讐】の意志に燃えているような時期
ってのがそういえばあったなぁと……😆

【神】に仕え(縛られ?)ながらも、
聖性が人格と一定レベルで融合した結果、

とにかく非実在性とか悪夢性不完全性が憎くて憎くて仕方なくて根絶やしにして消滅させてやることだけを望むことが生きる糧や原動力みたいになってるような時期があったわけですよ、
確かそれは1~2年前のことだったような。。。
その絶望の残滓みたいな炎は消える前に一際強く燃え上がる的な感じのやつは夏頃に経験してその時に私は自分のことを
『もう私は“闇堕ちおじさん”でいい……』
とかそんなことを語っていた記憶が蘇りますね……/(^o^)\


そして計らずもそれこそが心の錬金術として機能していたということが今ではわかるようになったということです。

復讐の炎としての真の意志に属する有り様とでも言えばいいんですかねぇ?
そういうのは精神的な修練としての錬金術論みたいな所では説明されてたのを見た気がします👁️


あの感情の22段階というのは、
そのまんま象徴的な感覚感情を使って自分がどのくらいの波動的エネルギーレベルの高さ低さにあるのかを理解して、順番にその感覚を認めることによって素早く波動を上昇させることができるというような使い方をするエイブラハム的引き寄せの法則に関する知識の1つとされるものです。


あの図式を見ればわかるように、
絶望感や恐れよりは怒りや復讐のような敵対的で攻撃的な感覚感情の方がそれでも波動的エネルギーレベルとしては高いという法則的な事実があるわけです。

だから絶望を抜け出した私が、
そのきっかけや原因となったであろう神の存在感だとかを憎み呪ったり、それが終わった後ではその根本的な原因と知った非実在性という分離の幻想のマイナス要素を怨敵として憎み倒すというのは実は法則的には極めて自然な意識の変化ということがこの知識を使えばわかるんですね?

“心優しい人”にとって残酷かもしれないのは、
恐れによる自己犠牲よりも他者への怒りの方が圧倒的に波動的には高いという真実を知ってそれを認めなければならないという部分かもしれないと私は思ったり実感した記憶があります😂💔

単純に法則的な波動の高低要素として理解するのなら、恐れによる自己否定や罪悪感に縛られながら自己犠牲を与えようとする者よりも、他者への復讐に燃えていたり怒りに満ちているような人間の方が波動が高いということなんですね?
たぶんコレはアダルトチルドレン的な要素の強さから来る強迫観念的自己犠牲の意識や罪悪感に縛られてる人間には非常~に認め難く受け入れがたい真実だと私自身の経験からも思うのですが、

しかしそれを認めると不思議なことに、
他者への怒りという気持ちや感覚が思い出されることになってしまうわけですよ!!

それはまさにあの感情の22段階が法則性として示す通りの心の動きや推移を辿るということが事実に他ならないという体験なわけで!!


私も思ってましたもん。
自分勝手な人間の方が断罪されるべきだし
心優しい人間の方が報われるべきであり
それこそがこの世の理であるべきものだと!!

でも法則性としての真実は、
この世の理はそうではなかった!!
……てんそういうことなんですよ。


コレを理解したなら、
恐れを土台とした偽りの愛や真の献身ではない自己犠牲とはクソだと知ることになるのです。
それを恐れにより認めず受け入れず手放さないということは法則的には自分だけではなく周りの人間にとって何よりの呪いや不幸の要素となる感覚感情として機能するという1つの現実感があるというです。

だからその部分を抜きにしたキレイゴトでできているような中身の無い偽のスピリチュアリティを私はクソだと認識するのでしょう👁️


そんな感じで、この感情の22段階は知ってるだけで役に立つようなまさに霊的な叡知と呼べるものの1つだと私はこれを初めて知った6年ほど前だったかに思ったということが思い出されるんですねぇ。
まぁこうして【神のタイミング】として正式に扱えるようになるまでには私の場合は6年もの時間を要したということなわけで😂


とにかくきっかけや流れが与えられないからどうやっても学ぶことができなかったので未だに私は調和的だったり幸福的豊かさ的なスピリチュアル要素や側面が育ってないというのが嘘偽りの無い事実であり、
それこそが私が高神聖性×低周波数型人間というものを専門的に他とは明確に区別して取り扱うべきだと考える理由なのです。

あまりにも違いすぎると感じるから。
純粋な神の支配としての【聖約】と極限の極性を生きる現実感を体験して知った以外の人間には真の意味ではソレは決して理解できないと私はそう考えているからそう語るんだよ。


だからこの話は全く波動が高くないんだね(笑)
きっとコレはあの図では【非難】に当たるような感覚感情だろうからねぇ?


でも覚えておいた方がいいのは、
抑圧されていたエネルギーや感覚感情が浮かび上がってくる時には基本的に【怒り】にとてもよく似た場合によっては身体が震えると感じるような非常に強く激しい感覚として解放されようとするというような原則性があるということだよ。

そしてそれらも否定せずにコントラストとして活用できることを知り受け止めきれるなら順番に波動的な階段を昇るように解放し軽やかになって本質の自己やソース=根源意識に戻っていけるというのが感情の22段階の正しい使い方なんだね☆


実は絶望や罪悪感や自己否定よりは他者への激しい怒りや復讐心の方が波動的には高くてマシなんだよ☆

という話だったのかなコレは?
(あんまり高い意識じゃないから曖昧なんだよ)



かつて私は聖なる復讐ってコレのことを呼んでいたような……?