当時高校生。進路について話した時
美容専門学校に進みたいという話をしたらブチギレながら猛反対したパピー。
「どうしても進みたいなら美容師になったら俺にメリットがあるのかプレゼンしてみろ!お前は長男なんだから家の会社を継ぐのが筋だろうが!!」
父は昔ながらの職人気質な人で、自分が作った会社を継がせたかったんでしょうね。
でも当時自分は汚れるのは嫌だし、将来社長なんてなる気もさらさら無い。ましてや叔父、従兄弟のいる会社でやってくなんて言わずもがな嫌。
しかし息子を馬乗りになって殴るような男だ。反抗すれば何されるかわかったもんじゃ無い。
私は泣く泣く進路希望調査票に親の会社の名前を書いて提出した。
先生にはそれ以来何も言われずにそのままボヤボヤと高校卒業し、父親の会社に入った。
しかし地獄。
朝早くに起きてから夜遅く帰る労働を週6日勤務な上日焼けするのも嫌だし、モルタルの煙で鼻は真っ黒。やりたくも無い仕事に社長の息子さんだの将来の社長だの言われる始末。
父親はニヤニヤしてたけど自分は引き攣った顔しかできない。
ストレスで蕁麻疹が毎日出て掻痒感に苛まれる。
当時世間を舐め腐ってた私は何度も仕事を休もうと試みたけど親と同居だと休もうにも角が立つ。
仕事にも少しずつ慣れて1年がたち、一生ストレスマックスな職人人生かと覚悟を決めかけてた時、当時二丁目デビューしてた私はとある人と出会って言われた言葉
「そんなにストレス症状出てるなら家出してでも辞めちゃいなよ。家出したら1ヶ月くらいならこっち住んでいいし」
そう言われてハッとした。何度言っても辞めさせてくれないし確かにそうするしか無いかも...
その人は何の気なしに言ってくれたんでしょうね。
ただ当時の私にはすごく救われました。
そして私はその2週間後の8/31。
荷物を持てるだけ持って置き手紙をして家出しました。(まあ1年後実家に戻るんですけどね)
家を出て電車に揺られてる間、やっと解放された。でも本当にこれでよかったのか。見つかったらもはやパピーに殺されるんじゃないか。仕事もこれから見つけないと。と爽快感と後悔?焦り?で感情がぐちゃぐちゃで涙が出てましたね。(多分変な目で見られてた)
その後はマミーとは連絡は取ってましたがパピーは一切よこさなかったですね。
まあ、期待してた息子が会社飛んだとなればそりゃそうですが...汗
そんなこんなで職人はやめて違う職に就くことになります。
今考えればかなり社会を舐め腐ったクソガキですね汗
それだけ嫌だったってのもありますが、今は後悔はしていません。貴重な経験をしたと思ってます
※その影響でパピーのことは今でも嫌いですしほぼ話しません