シンリアル異世界オジサン

だらだらと作業。🌀もあり、なかなか進まず。週末は中断して、自分がやりたい勉強をすることにしよう。

 

現実逃避でヤフ〜ニュースを見る。我々の希望である民主改革の会がそろそろ起動しつつあるようで、久しぶりにオガジュンの勇姿を見たのであった。やはり野党結集を目指しているようで、リベラル7が政権交代に動きだしたということであろう。来年、解散まで追い込んで、夏には政権交代かもしれないな。とにかく今国会も文春砲で政権を追い詰める作戦だろう。流石である。

 

介護ホームで老人虐待のニュース。「シャレだよ!」みたいなノリで、80歳の爺さんにプロレス技をかけて、80歳の婆さんにチアの格好をさせて。「ウケるじゃん」という感じだろうか。とんねるず世代だと爆笑かもしれない。俺もまた、このような扱いになるのだろうなあ、と。25歳くらいの若造に、「キョージュ、自分でもションベンもできないのですか?」とかバカにされて。まあ仕方ないか。家族もいないので、ボケたら終わりである。なので、そろそろヤバいと思ったら、自分でジエンドにするしかないと考えている。あるいは、ルール通りに動いてくれるロボットに世話になればいいか。

今年もまたノーベル賞受賞者が出たということで、これはつまり、1)60代以上の世代が活躍、2)30以下の若者が世界で活躍しつつある、3)日経平均は7万越え!、ということであり、すなわち、30から60(私も含む)世代、すなわち氷河期世代あるいは失われた30年世代が活躍できていないということであり、その前後においてはわが国はかなり良い感じなのではないか的なことを書いたらデモ隊に攻撃されるかもしれぬ、とか考えながら今日もレビューでシコシコする。

 

連休明けなので今日からミーティングとか会食が続く。

🌀になりそうな予感を抱えながら作業。レビューでシコシコしている。論文再投稿の結果待ち、論文リバイスの作業、論文の結果待ち、レビューでシコシコ、ラボのセットアップ。Rの勉強をしたいのだが、そこまでなかなか到達できず。

 

まあ、しかし。日本の若者が世界で活躍しており素晴らしい。サッカー、野球、バスケ、バレー、F2、そして卓球。私が20代の頃には信じられないことばかりである。

 

25歳の時、アイオワで皿洗いをしていた時に、Hiedo Nomoの活躍をニュースで聞いて驚いて嬉しく感じたのを思い出す。インターネットが普及しておらず、まだ情報スーパーハイウェイと呼ばれ(アルゴアが言い出したのである。ああ、あの時、アルゴアが大統領になっていれば、とアメリカの友人は皆言っていた)、アイオワ大学では学内のメールサービスが始まったばかりで、コンピュータールームの壁には「モザイクを始めよう!」とのポスターが貼っていて、モザイクはネットスケープナビゲーターのことである。アイオワ大学の図書館には1週間遅れの読売新聞国際版が送られてきており、それを読むしか日本からの情報を入手する手段はなかった。

 

25歳の私は、「世界で活躍」を夢見ていたものの、実際はアイオワ大学で時給4ドル25セントの皿洗いをしており、休憩時間にはメキシコから来たバイト仲間と床に座りながら、売店においておあるチョコバーを勝手に食べていたのである。そこから31年経ち、「世界で活躍を!」と思って努力して頑張って試行錯誤して今に至るのだが、そのスタート地点と私の能力を考えれば、まあよくやったほうであるな。そして、今世界で活躍している20代の若者が50歳になった時は、私がヘロヘロになり到達した場所よりも遥か彼方数光年先に行くことができるだらう。

 

 

13時をすぎるくらいからちゃんと働けるようになる。人間ドックでコレステロールが爆上がりしており、異世界での食事が影響しているのは確実(午前中からチョコを鷲掴みで食して、夕食はピザとパスタあるいはBBQ)なので、最近は脂質を劇的に減らして糖分も減らしているのだが、それが原因かもしれない。糖分に関しては、血糖値に異常は見られなかったので、あるいは、体質的に分解しやすいのかもしれなくて、そうなるとチョコが主食の生活が合っていたのかもしれない。

 

レビューの作業をシコシコしつづける。合間にヤフ〜ニュースをみるのだが、「民主改革の会」には期待しかない私としてはそろそろ攻撃再開をしてほしいのである。実によく考えられた戦術である。中道を政治資金獲得の窓口にしておき、立憲の組織をつかって地方で活動をし、公明の票をもらう、のだから、これら全てがハマれば、次の選挙で政権交代が起こる可能性もあるのではないか、みたいな。その骨組みが出来つつある、みたいな。来年はオガジュン総理で増税と議員定数も大幅に増えるのではないか、みたいな。

 

 

🌀は収まりつつある。顔左側の引き攣りも収まりつつある。AI(あ、SIか)を話し相手にして色々と考えて、何が問題かが見えてきたのである。これまでは自分の頭の中でこの問答をしていたのだが、🌀の状態でこれをやると4んでしまうので、まあ助かった。眉村卓のSF「司政官」では、アシモフの未来を舞台にして、植民地に赴任した官僚である司政官が、ロボットを用いて統治する様が描かれるのだが、その内容は延々と主人公である司政官の押し問答であり、可能性を検討して、それを具体的にどうするかをロボットに相談、それをさらに「いや」「あるいは」「もしかすると」で考えていく、過程が記述されていくのである。まあ、私の場合もそんな感じか。いや、あるいは、そのようなSFの背景があったからこそこのような思考シミュレーションを思いついたのかもしれない。さらに考えると、SFの体験というものは我々の人生に有益なものかもしれず、すなわち、今後もSFを読むことはエンターテイメントのみならず老後を迎えるにあたって有益であるという考え方もできるのではないか。