リアル異世界おじさんの異世界永住日記

リアル異世界おじさんの異世界永住日記

偉大なるG2の狭間でひっそりと暮らしています

元職(というか、まだ現職だが)の院長(学部長)と面接。今月で正式に退職なのだが、今後もティーチングを臨時教員で続けてほしいと。もし受け入れてくれればラボスペースを1年維持しても構わないと。その間にぜひ某リバイス論文をアクセプトしなさい、と。私的には嬉しいディールであるので「ハイ!喜んで!」と応じる。授業も、おそらく臨時教員として今後も続けることになるだろう(他に授業ができる純ガイジンがいないため)。稼げる時に稼いで、さらにコネを維持し続けることは大事である。

 

というか、オレはもしかしたらなんだかんだで周囲とうまくネゴシエーションしているのではないか的な。

 

今日はひたすら論文1の作業。ポスドクは、たしか私のラボで学位を取得して、私のラボからすでに2報論文を出しているはずなのだが、私のやりかたを全く理解しておらず、「ああ、たしか3年前にも同じ作業をしたなあ」と懐かしく思うのであった。「論文の書き方!」「プレゼンの仕方!」「サイエンスとは!」とか熱く話していた時間が無駄であったと。

 

まあそれにしても日本のサッカーが強くなったのである。同じシステムをサイエンスにも導入すれば、30年後くらいにはトップクラスに返り咲くのではないか。3層くらいに研究機関を分けて競争を導入し、若手には積極的に海外留学させて、結果が出たら国内で手厚いサポート。さらにトップ5には10年単位での無審査でのサポート。高校生もラボに参加できる制度を導入。

 

 

今朝もぐっすりの6時間睡眠。昨夜のストレスは抜けている。やはり、「枠組み」が重要なのだろう。

 

おそらく、

1、若いうちに試行錯誤して自身の上限と下限を理解して、人生を進めるに従い、必要に応じて自身の枠組みを決める。(試行錯誤の結果、最悪の場合は人生が詰んでしまう可能性はある。そのギリギリがコーフンするのだ)

2、メンターやら親やら書物からのアドバイスに応じて若いうちに枠組みを決めて「失敗しない」生き方を最初から選ぶ。(枠組みの範囲内の予想される人生になり、面白みはないかもしれない。人生に面白みは必要ないと考える人は多いが。)

の2つなのだろう、と56歳にして悟る。

 

私の場合は、1のパターンで50まで生きてきて、それなりに楽しかったのだが、気づくと周囲との乖離がひどく、それはおそらく多くの人が2を選ぶからだろう。そして、私の娘はそれに巻き込まれたわけだ。1の生き方は「独りよがり」だな。

 

1のパターンを貫いて、枠組みを決めずに老後を過ごす人もいるだろう。が、若い頃に比べると失敗の回収は難しくなり、人生が詰む可能性は上がり、苦しんで4ぬことになる。なので、私は少しずつ2にシフトしている最中だ。

 

研究においても同様で、1のパータンだと大穴狙いですごい発見をする可能性はある。2のパターンだとキャリア的には成功するだろうけれどオリジナリティのある研究はできないだろう。私の場合は1のパターンでここまできてすごい発見はできず、しかしながら2のパターンをする能力も気力もない、という状況だ。あはは。うふふ。

 

論文2の筆頭著者と話して、「やる気が出てきました」と言うのだが、これも2ヶ月後に「状況が変わりましたので」となって何もしなくなる可能性が高い(それはやる気と言わないのだよ、と思う、が理解できないのだろう)。論文2はパターン1でここまできたのだが、今後はパターン2で終わらせていくしかない。つまり、筆頭著者がいなくても完成するような枠組みを今後2ヶ月で作り、その後は、予想できる範囲で自動的に終わらせるようにする。

 

私の今後のマネージメントは、1の状況を「私自身でつくり」、学生には2のパターンで「作業」をさせる。そのような研究は面白いのだろうか、と思うのだが、とりあえずあと3つはプロジェクトを楽しむことができる。

 

 

昨日の午後、事務から「XX先生が話したいと言うので至急連絡をとって」というのでXX先生に連絡をしたのであるが当然のように返事がない。毎度お馴染みのパターンで、AからBへの連絡と、AからCへの連絡と、AからDへの連絡、は共有されないことが多い。まあもうどうでも良いけれど。これまでのように、気を使ってXX先生に問い合わせしたり事務に確認したりして、その結果、「へ?そんなこと言ったっけ?ああ、あれね、もうやらなく良いです。」となる。「連絡をした」ことが重要なので、今回も、退職するガイジンにちゃんと挨拶をするように、とパーティー系からの指示があり、その一環なのではないかと推測。

 

論文1、筆頭著者にデータに関する質問をして、当然のようにスルー。「忙しいから」仕方がない。朝と夕方と2回問い合わせをしなければならない。論文へのモチベーションが無い、のではなくて、「論文を出さないモチベーション」が高いのかもしれない。オレは一体何をしているのか。

 

ああ、つまり、基本的に返事をもらうことがない仕事環境である。

相変わらず体のあちこちが調子悪いが、以前のような異様な疲労感がなくなりつつあり、最近は9時から5時まで集中して論文の作業をしている。これは、

1)毎日11000歩

2)毎朝のストレッチ(肩こりがなくなった)

3)毎日60回の腕立て

4)十分なセロトニン分泌で6時間の熟睡

がうまくいっているということだろう。やはり基本的な枠組みを決めておくのは幸せになるための第一歩なのだろうな。すくなくともハマらないで済む。人生においてボトムラインの設定をしておくのは大事かもしれない。

 

論文1の作業を続けている。途中で論文2の担当者を呼び、(YouTubeやらビジネス書で学んだ交渉術で)論文2の重要性を説いてなんとかモチベーションを維持させるように仕向ける。

 

今の私には、論文1と論文2の完成が重要であり、そのあとは新しい学生にやらせる論文3。これらがクリアーできれば研究者終了でも構わない、ので、その目標に向けてやれることは何でもやる所存であります。

 

 

二人ともやる気がなさそうなのだが、論文1の方はなんとか投稿できそう。で、そのあとは新しい学生に実験をやらせることも可能である。論文2の方はまだ実験が多く残っている。学位論文で忙しいから実験できない、とのことで、今日は久しぶりにディスカッションしたのだが、「細胞がコンタミしているので実験できません」とのこと。数週間前にも同じことを言って指示したのだが、「大丈夫でした」と言っていて、でも「やはりコンタミでして、えへえ」みたいな。インキュベーターの問題と考えて、2つあるうちの1つの方に細胞を移して、別の方の清掃を行い云々と言うと「へ?1つは壊れていますが。しらなかったんだ笑」みたいな対応。「数ヶ月前から業者を呼んでいるけれどまだ来ないんですよね」とのこと。論文を完成させるよりも今はとにかく楽をしたい、気持ちなのだろうなあ。

 

オレはもしかしたら貴重な人生を無駄にしているのではないか。

 

自分が所属していた世界はすでに消えてしまったのかもしれない。

 

異動したら、とりあえず全てリセットして、再起動だな。