異世界無職オジイサン

異世界無職オジイサン

無給で働いて労働の喜びを日々感じています。

昨日、論文1の私のパートが終わり、午後に2時間かけて筆頭著者にToDoリストを見せながら説明する。下手な英語を声を張り上げて説明して頭🌀が再発。今日は、共同研究者にドラフトを送りつける。とりあえず1−2週間後に戻ってきて、それで最終バージョンの完成である。6月初めに投稿できるかと。

 

ということで、今日は久しぶりに独り作戦会議。7月下旬の現世復帰について予定を考える。異世界からの直通便、今回もJALを使うのだが、予想より混んでいて驚く。異世界の航空会社からの便がキャンセルされまくっているのでJALは儲かっているのではないか。ユニコーンが撤去されるそうなので、最後に拝みに行かないといけない。異動の予定についても考える。予想だと、7月前にラボスペースの工事が終わり、しかしながら7−8月は夏休みなので事務作業はすすまず、9月から少しづつセットアップを始めることができて、「え?細胞培養室必要なの?」となりさらに面倒な交渉があり、年末にようやく稼働できる、みたいな。で、「え?オフィスも必要なの?」となり、旧正月明けの来年3月くらいにようやくオフィスをもらえる、みたいな。いずれにしろ研究を期待されているわけではないので、あれこれの問い合わせは迷惑をかけることになるだろう、ということは元職の経験からわかっている。なので、トラブルを起こさず、必要なことを淡々と終えて、あとは論文3つを納得できる形で終わらせる、ことがこれからの目標。

 

フィレンツェについて色々と調べていて、ルネサンスについて学び、「日本におけるオタク文化は200年後くらいにルネサンスレベルの歴史的な出来事として認識されるのではないか」と思いつつある。この文脈においては手塚治虫先生がダヴィンチとなる。そして、手塚先生の元に弟子たちがトキワ荘に集結、みたいな。アニメ関係だと虫プロだな。漫画家とアニメーターの系譜図を作り、それに即して歴史を語ると面白いのではないか。いずれにしろ、なぜ日本だけにオタク文化が生じて発展し、それが他の国にも認められるようになり、しかしながら他の国では模倣以上のものが出現しないのか、は興味深い問いであらう。

 

 

論文1の最初の山場を超える。あとは淡々と作業をしていけば投稿できる、筈。

 

🌀は完全に消失。やはり抗アレルギー剤が原因だったのだな。その一方ですぐに胸がドキドキするので、今朝も救心を飲む。若い頃の胸がドキドキは楽しかったが、今は不安でしかない。あるいは、胸がドキドキするようなシチュエーションになったとしても面倒だという思いの方が強かったりする。

 

56年生きてきて、あれやこれやの経験をして、行き着くところは「快適な書斎で独りで読書するのが最高だな!」である。それに必要な環境を構築しつつ、そのために生じる問題の解決をあらかじめ用意しておく、ことがこれから進めていく作業になる。言い換えると、この選択肢しか自身を幸福にできないのかもしれない、ということだ。人間関係、家族、自分なりに誠意を尽くして接してきたつもりなのだが、そもそもで違っているならば、それらはただただ相手を不快にさせていただけなのだろう。

 

「剣客商売」と「仕掛人」を交互に読んでいるのだが、前者において主人公は若い妻や理想的な息子、その他の仲間に囲まれて過ごしている。一方で「仕掛人」である藤枝梅安には家族はおらず、信用できる仲間も1人だけである。前者は外向的で後者は内向的、なのかもしれない。私的には前者を読むと憧れを感じて、後者を読むと共感を覚える。

だんだんとハマりつつあるのであった。池波正太郎は3つのシリーズが有名で、「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人」なのだが、その世界観は共通しており、登場人物が少しだけカメオ出演している(らしい)。年代としては、「剣客」が1780年くらいの田沼時代、その後「鬼平」、で1800年を過ぎたくらいで「仕掛人」。同時期には大英帝国においてはホーンブロワー(あるいはトマスキッド)が活躍している。ということで、19世紀初めからの歴史を背景にしつつ小説を読むと、その内容に加えて、知的好奇心が刺激されて老後の楽しみである歴史の勉強をすぐにでも始めたいと思ったりするのであった。藤枝梅安とホーンブロワーが同時代に活躍していたとは。

 

 

 

 

加えて、やはりルネサンス時代も面白くて、フィレンツェにはぜひ行きたい(行きたいと思いながら気力が無くなって諦めた場所は多い)。イタリア各都市とロンドン滞在、が私の老後の夢でもある。これはお金が必要なので、まだまだ働かなければならない。あるいはこれが働くモチベーションになるかもしれない。本当はポーランドとかドイツとかオーストリアにも行きたいのだけれど、時間と金と健康次第だな。

 

まあ、つまり、老後にやりたいことは多い。

日本最大の報道媒体であるヤフ〜ニュ〜スによると、れいわ共同代表の奥田ふみよ議員の勢いが止まらないらしい。まさにジャンヌダルクである。やはり中道を中心にした共産ー社民ーれいわー立憲ー中道ー公明の連立政権樹立を目指すべきであろうと毎度のように思うのである。奥田総理、オガジュン官房長官、福島外務大臣、レンホー財務大臣、ラサール文科大臣、のシャドーキャビネットを設立して国民に2択を迫るのだ。これからの世界は、Great2であるG2である偉大なるC国とアメリカ王国の2つによって管理されていくわけで、我が祖国においてもどちらサイドにつくのかの選択肢を用意するのは大事なことなのではないか。的な。

 

今朝はフラフラもなく早めに行動開始できた。午前中、日本の某旧帝国大学に留学が決まった卒業生と面接。元職での卒研生はどうやら優秀なようで、有名大学に博士進学している子が多い。G2にそれぞれ1か所、UKに1か所、日本に1か所。もちろんそれらは私の評価対象にはならなかったが(なので、フツーの教員は学部生指導を嫌がる)。

 

論文1の作業を続ける。

異動先のメールアドレスを取得。加えて、事務処理用の自身のサイトも確認。なので、一応採用されたと信じてもいいかもしれない、と思うのも、問題ないかもしれない、と判断しても良いのではないか。立場的には定年である65歳まではクビにならないようだが、今回の契約では6年後に審査があることになっている。なので、実際は62歳までと考えておいた方が良いだろう。論文1と2を来年の今くらいまで(つまり1年後)に形にして、3年後には論文3を某ジャーナルに投稿、プラスアルファ、くらいか。

 

まあ、それにしても、コンビニバイトからスタートしてここまで来られたのだから恵まれているのだろう、と毎度のように思ふ。大した才能もなく、金もなく、コネもなく。運が良かったのだろうな、と毎度のように思ふ。あと6年頑張ろう。

 

わがともマキアヴェッリを読み進めているのだが、彼はあまり恵まれてない人生を過ごしたようで驚く。1500年前も今も個人の人生が国家に左右されるのは変わらないのだ。能力とやる気があってもチャンスを与えてもらえなければ何もできない。