10月3日土曜日は中秋の名月。
昼間の天気はいまひとつだったが、5時半に仕事終わって京橋の夜空を見ると・・・
雲ひとつない夜空にお月様がぁ!
これはいけると、すかさず京阪に乗り一路京都へ。
車中からもずっとお月様を見ていた、こうこうと輝いている、光っている。
月光ってすごく明るい。でもまぶしくない。
まぶしがりな私には、やっぱりお日様よりお月様なのだ・・・お日様ごめんなさい。
目的地は青蓮院---有名な知恩院のとなり。
先週土曜日に偶然TVで見た、「世界ふしぎ発見!」で紹介されていた。
この度、1000年ぶりの御開帳「青不動明王」が拝める場所だという。
以前から、ライトアップされる夜間拝観が有名で行きたい寺院のひとつだった。
その上、この日は中秋の名月・・・
欲張りな私にもってこいだ、一回で三度おいしいではないか!
・・・こんなに強欲なわたしにも、慈悲深いお寺さんとお月様は応えてくれる。ありがたい。
まず、青不動明王はすばらしかった。仏像ではなく、仏画である。
しかし、大きな力を感じさせ「不動」の名にふさわしい重量感にあふれていた。
1000年の時を超えて、荒廃した今の世の中に力を与えてくれるのだそうだ。
きっと私のような、ぶれぶれで混沌とした人間にも。
青蓮院でもうひとつ目を引いたものは、入ってすぐの「華頂殿」と呼ばれる間にある
屏風に書かれた書であった。
返す返すも、これを写して来るべきだったと後悔しているのだか・・・
「ひとりひとりが、遍く世界の、ひと隅の光になって照らしていきましょう」という内容だったと思われる。
もともと青蓮院のご本尊は、熾盛光如来(しじょうこうにょらい)といって光で世界を照らす仏様。
その仏様のようにはできなくても、片隅でもひとりひとりが照らしましょう、ということ。
その書を鑑賞した後に、青不動を拝し、宸殿からライトアップされた庭園を望む。
それはなんとも幻想的て象徴的。青い光なのに冷たさは感じられない。
やさしさとありがたさに満ちていた。
そして最後にもう一度、主庭の池泉回遊式庭園に出られる通路があった。
実はこの庭は、さっき華頂殿から少し見たのだ。確かに立派な庭だったが・・・
人が多いことと、そこから月を見るには場所が高すぎて、
肝心のお月様がよく見えなかったためスルーしていた。
そんなものだから、まあ折角だからとりあえず行くかぁ、くらいの軽い気持ちで
その1m50cmほどの通路を抜けた。
するとそこには・・・息を呑む景色が。
池あり山ありの見事なバランスの美しい庭園、とその上に・・・
そう、お月様は最高の場所で、私を照らすために待っていてくれたのだ。
なんというありがたさ。言葉では言い尽くせない。
まるで、山水画に私をいれていただいたようだ。
私を今日ここに連れてきてくださったことに感謝。
たっぷり10分以上そこで立ち尽くし、その後ふらふらと庭園を順序に沿ってあるいた。
すべて歩き終わって青蓮院門跡の門をくぐると、
さっきまで強く光っていた月は、雲の中にぼうっと見えるだけだった。
