🪶 小5の冬に起立性調節障害と診断された息子氏
小6になり、学校には行けているけれど
心身共になかなか安定しない日々
数年後に「そんなこともあったね」と振り返るのではなく
暗中模索な『今』を綴りたい
そんな気持ちで書きつらねております
👉 起立性調節障害とは?
というわけで
↓
迎えた
第3試合
相手は
格下でも格上でもなく
勝っても負けてもおかしくはない相手
この試合も
チビ寅はスタメンを外され
2クォーター目からの出場
しつこいようですが
弱小チームなので
チビ寅がいないクォーターはたいがい負けます
なのでこの試合もチビ寅は
負け、からスタート
4クォーター目でもまだ10点の差がついていたのですが
チビ寅が連続で6点むしりとり
かなりの追い上げムード
この頃にはもう
チビ寅は覚醒していて
チームメイトにあれこれ指示を出したり
ここぞというところで点を決めたりと
エースらしさを取り戻していました
私自身
少しホッとしたのもあったのかも知れません
この時
目では試合を追いながらも
頭の中ではずっと
この1年のチビ寅のことを考えていました
・・・
チビ寅が
起立性調節障害と診断されて1年
なんの問題もなく
なんの不安もなく
元気溌剌で試合に出れた日なんてただの1回もなかったな、、と
一番ひどかった時は
青白い顔でフラフラなのに
それでも
試合には絶対に行くと言って必ず参加していた
立ってるのもやっとのはずなのに
コートに立てば全力で走って
できないことを体調のせいにもしなかった
その姿勢は我が子ながらすごいとは思ったけど
だからこそ
起立性調節障害じゃなければ
もっとできたのに
って思いが消えなかった
起立性調節障害じゃなければ
もっと跳べたのに
起立性調節障害じゃなければ
もっと走れたのに
って
親の私の方がいつも
そんな風に思ってた
でもチビ寅は結局
いつも
やりきってきた
運動会ではリレーの選手になったし
陸上競技会では表彰された
胃腸炎で40.5℃の熱が下がらず
救急外来に駆け込んだ一週間後にだってロサンゼルスに行った
チビ寅は
この1年
重たい身体を引きずりながらも
何ひとつ、諦めなかった
そうだ!
母ちゃんの不安なんてクソ食らえだ!
チビ寅、おまえならやれる!
がんばれ!
負けるな!
・・・
と思った瞬間
チビ寅が3ポイントラインから放ったシュートが
この日1番の高い高いアーチを描き
吸い込まれてゆきました
ゴールのネット
ではなく
バッグボードの裏
に
、、え?
現実に引き戻され
唖然とする私に
だんなが言いました
さて、帰ろうか
その一言に
応援席は爆笑の渦に包まれました
・・・
試合を終え
帰宅し
食べきれないほど買っておいた寿司ネタと
5合の白米で酢飯を作り
4人で食べました
ここ数日
私の願いはたったひとつ
試合のあと
4人で楽しく夕飯を食べられますように
でした
試合に勝っても負けてもいい
ただ、4人で
あーだったね、こーだったね
と言いながら
楽しく夕飯が食べたい
その夢が
嗚呼、叶いました
この日の話題はもちろん
1試合目のシュートを見たときは
もうダメかと思ったけど
よく立て直したね
でした
本人も
今日はもうダメだと流石に思ったようですが
奇跡のV字回復でした
・・・
母は
チビ寅に言っていました
おばあちゃん今日、すんごく楽しかった!
シュートを決めるチビ寅もかっこよかったけど
バッグボードの後ろにシュートしちゃうチビ寅も
おもしろくて最高だった!
自分の孫があんなに活躍するなんて
ほんっとにしあわせな時間だったよ!
ありがとうね♡
と
・・・
これが
物語なら
ここで文句なく大団円ですが
現実は
幸か不幸か続いてゆきます
こういう高負荷がかかった後
なのですよ
問題は
翌日の朝
学校
帰宅後
その翌日
と
心身ともに疲弊しないわけがない日々を
私はまた送っておるわけです
が、
それはまた別の話
思いのほか長くなってしまったけど
最後まで読んでくれてありがとん
チャオ
試合の合間に飲むなんて
なんならドーピング?!
と思いながらものませたよ
↓
