お祭りと共に、子供時代がありました。
小学校から帰ったら、囃子の練習。笛・小さな金太鼓、太鼓。鼓笛の調べ。


コンコンチキチン 
コンチキチン


詰め所の喧騒。

子供がひく車の綱の補修をする大人たち、汗、汗、汗。
当日も汗、汗。
氷の浮かぶ水に沈んだ差し入れのラムネびん100本、缶ビールも100本。
大人も100人。


その頃の私にとって、
100はいっぱいの象徴だった。


コンコンチキチン 
コンチキチン



地域の天神橋で商売するおっちゃんおばちゃん達が、一年かけて準備する地域貢献。義務。おつとめ。


こういう和太鼓もニコニコSo good!

大阪天神祭 2009 花火大会 和太鼓










今17才なのに、

なのに、

彼は、すでに自分の病気と7年闘い続けてる。


そして、ついにそろそろ、あと一年くらいの命だと知っている。

彼に小包みを。
何を送れますか?


彼は、5才の頃からわさびが好きだった。ざるそば屋で知って、驚いた。

その後、我が家に遊びに来て、袋ごと抱きかかえバリバリ食べていた"わさび味"の本場海老せん。

"梅味"海老せんも一緒に箱に詰めて、
"いろんな味の海老せん詰め合せ"も箱に入れた。


読書が好きと聞いたから、彼と同い年の我が子がお気に入りの星新一の本と、
あとは…


だめだ

何も足りない、何もいらない、どれも違う、どれもいらない。
無邪気だった彼に、
今はたんたんとしている彼に、
すべてを忘れて何かにハマる深まる時間を、
あげたい

笑顔でわたしに話し掛ける彼に。

どうか神様。








社会の中で、

自分の立ち位置が、俗な言い方だけど、上がると

そこには、先に上がった人たちがいる。


上がる為には、
上がらないより努力がいる。

変化を迫られてクリアしてきた
逃げずに向き合った、向き合い続けた
言い訳をしないで、行動をしてきた
問題が起きたときに、強さと潔さを自分に課した


上がった世界で、また下っぱになり、すごいなぁまだまだだなぁと、鍛練を積む


だから上がれば上がるほど、世間を知って、
頭は下がる

学びの必要を感じる。


いくつになっても、若輩者でいられる。
足りないことほど幸せはない。進歩の伸び幅がまだあるのだもの。
仕事はつらく、きびしく、そして芯でもある。
明日も宿題がある幸せ。


この幸せを感じるココロを
子供にも抱いてほしいな~
ワダカルシウム。

聞いたことある方は、きっと今70才くらいの御婦人でしょうね、違ってたらスミマセン…

わたしは幼いころから、母に色々、今でいうサプリ的なものを飲まされました。肝油・ワダカルシウム・ヨクイニンコンク、etc.



今70才の母、この世代は、肝油がけっこう流行りでしたね。ちょっと高級なイメージですが、ちがう?

しかし飲んだ中で、一番印象的なのはワダカルシウム。わたしはよく骨折したからです。
木から落ちて右腕。ローラースケートでこけて右腕。Beerケースの角につまづいて足小指。


両親は商売をしていて、はぶり良く海外いったり、倒産してシャッターおりてたり。どんなときも、父母は張り切って働く背中をわたしたち子供に見せてました。


今のわたしの、仕事が好きでめげない根っこは、父からの。
どんな時も忘れない遊び心は、母からの。

40代になり、親からのDNAサプリ、メチャ効いてます。

京都に行ってきました。



いま、鹿苑寺(通称:金閣寺)の“方丈”が公開中。観てまいりました。



方丈とは住職の生活空間の室です。六部屋あるその一室に飾られていた画がわたしを引き止めました。



それは立ち姿の達磨絵。



恰幅のいい荒武者のようなあご・口ひげ、和服の着流し姿。どーんと太っ腹なオッサン。これも達磨なんだそうです。

なんか父に似てる。



『たいそう怖い顔をしておりますが…』と案内人の声が通過していく。

私にはやさしい人に見える。怖さも感じない。

もしかしてわたし…達磨好き?





この達磨絵を書いたのは、松年(しょうねん)さんと聞き、また驚きました。

私の大好きな女流画家:上村松園さんのお師匠さんでした。松園さんの経歴から、さほど有名でもない松年さんの名だけは知ってたのです。



しかし、そうとは知らずに琴線に引っ掛かったのは、全く違う作風にも、同じ糸が織り込まれているのでしょうか。



松園さんは和服女性画、特に和服から洋服にうつりかわる最後の時代の女性画で有名です。
しかし13才の時に師事した、このだるまの絵の師匠の元では、風景しか描かせてもらえませんでした。
すごいよね、13よ?ありえないわ…


人物画を描きたい、という松園の強い想いは、だるま師匠の病気が理由で、18才で師がかわり、叶います。

しかしその二人目の師匠が、二年で死去してしまいました。松園20才の時には、またもや再び、師事先が替わりました。
こうして、松園は生涯で三人の師についたのです。

そして三人目の師で修行中の27才、独身で子供を生みます。父親は不明。

のちにその子供も高名な画家になるのだけど、パパはわからずじまいでしたね~


昔、松園のドラマ〈明日をつげる鐘 絵筆の人〉があったそうです。その作中では、二番目の師が父親のようなニュアンスで描かれていたそうです。

しかし私の母は、

父親は松年だな


といい切る。勘だとさ。勘、ね…。



達磨絵を見て、ふとわたしも、松年が父だと思い始めた。これも勘…。

見てみたいなぁ、そのドラマ。再放送しないかなニコニコ

勘って自由勝手ですね。ほんとはどっち?それともまた別?松園さん。



春介(はるすけ)手帳-syouen_uemura_201.jpg














ペタしてね

今日、20数年ぶりに星野富弘さんの絵を、雑誌で見かけました。
昔、星野さんの画集が我が家にありました。当時の私は思春期で、全身不自由な方が口で絵筆をくわえてこんなにいい絵を書くんだ!と衝撃的で、覚えてました。

事故で首から上以外、不自由になった星野さんの絵とそこに添えられた言葉たち。久しぶりに手元で眺めました。

う~ん…昔にわたしが拝見したのは多分、初出版の画集でしたが、それにしてもめちゃめちゃ上手になってらっしゃる。
力強く柔らかいタッチは変わらない中に、光のあたり具合や今にも動きそうな、リアルな命の感じ。そして絵に添えられた文字たちの、きれいなこと。
星野さんは、口でしか書けない。それを10年20年して、今もしつづけてらっしゃる。
すごいなぁ、すごいなぁ、すごいなぁ。


【英雄とは自分のできることをした人だ。
ところが凡人はそのできることをしないで、できもしないことを望んでばかりいる。】(ロマン・ロラン曰く)


…ほんと出来ることを確実にするのって難しいです。 ココロの中で、逃げてるんだろかな…






ペタしてね













わたしは出来ないことをやるようにしている。
そうしたら、出来るようになるからです。

なんてね。今年の目標。




この世に一人じゃないからこそ

義理があり、しがらみがある。


恩義で優先順位の高い人もいる。


やりたいことだけやって、幸せにはなれないし、

辛くても、やんなきゃならないことだってある。


行きたくても行けない時もあるし、

行きたくないとこにも、行くしかない時もある。


そんな丁寧でちょっと忍耐の積み重ねが、

地に足付けた幸せを運んできてくれる。


断捨離。


流行りのように最近聞くけど、

昔から皆がしてきたことなのでしょうね。


人生をきっちり生きたら、自然にそうなる。

あれもこれもは抱えられない。

大事なものを、大事な人を抱いて生きよう。





ペタしてね











父を亡くして七回忌。

「あれ、もう6年たったん?」
「ううん、まだ6年しかたってへんわ」


話したいなぁ
もっかい会いたいよぉ…

また親子になろなぁって、目ぇ閉じたまま言うたパパ

長い爪の小指だったね

子供の時お菓子の袋開けてくれた


ぬくい指やった、指切りしたね

40になっても50になっても私はあなたの娘です

   
     パパへ…
今日誕生日だね、次はもっと長生きしてね。











忙しさにこれで十分ということはない。蟻も忙しいのだ。


問題は、何にそんなに忙しいのかということである。





蟻って・・わかるけど。