死ぬほどいやだった過去の経験を資産・財産にしてみる(暴論) | アフターコロナ・ウィズコロナ時代の  生き方・考え方

アフターコロナ・ウィズコロナ時代の  生き方・考え方

いろいろな生き方・考え方が本・ネットをはじめ、あらゆるところで言われている中で、自分にしっくりきたものを取り上げて残していこうと思う。。。
目指すは「経済的に自由な生活」と「精神的な安定の維持」

 生きていれば誰でも、1つや2つは(もしくはそれ以上)死にたくなるほど嫌で・思い出したくない・恥ずかしい 等々の経験をしているものだと思う。

 (そうでない人がいたら、ただただ尊敬します。その人を見習おうとは思わないですけど。。。)

 それを、そのままにしておくのは苦しいし、それよりも何かもったいないような気もしてきたので、書き留めておこうと思う。

 

 自分は割と自己啓発の部類に入る本を読むのであるが、自分の心に入り込んでくる(心の琴線に触れる)ものとそうでないものとがある。

 何が違うんだろうとずっと漠然と思ってきたのだけれど、どうやらそれは先にあげた、嫌な経験を糧にして(というかうまく執筆ネタに切り替えて)書きあげている文章だからなのではないかと思うようになった。

 

 何となくそれに気づき始めた頃から、自分が心を打たれる人の著作を通して何冊も読んでみると、どこか途中の著作でさりげなく、その著者が過去に負った苦い経験や心の傷のようなものが、書かれていることに気づいた。

 だからこそ、こちらの心にすっと入ってくるし、時には優しく・時には厳しく(愛のムチという意味での)、語りかけてくるのだと思った。

 

 だから、自分でも、嫌な経験は多数あるけれど、それを他の人のために何か役立つような話や文章に(広い意味での資産・財産に)切り替えることができたら、それはそれで意味のあることだと思うようになり、さらには、嫌な経験でも資産・財産になりうるとわかれば、生きること自体がそれほどつらいと思わず、かえってどんな経験でも楽しめるのでは、と思うようになっている。

 そしてその考え方自体が、今の自分の心の安定につながっているように感じている。

 

 さて、次は、そんな経験を、他の人のためにどうやって表に出そうか(文章に書こうか)。。。

 自分はそこが課題だなぁ。。。

 

 

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