前回書いたブログの続きです。
(もし、前回のブログを読んでいただけると本日の話もより理解できると思います。)
努力の仕方は人それぞれです。
「長期的に見てコツコツやった方がいい」「時間は限られているのだから効率的に短期間で習得できる方法を考えた方がいい」などなど、単に「努力」と言っても多種多様な解釈が生まれます。
その中で、長年ずっと繰り広げられている二項対立があります。
そう、「質」が大事か、「量」が大事か。
本やネット記事など、多くの場所で取り上げられるこの論争。
社会の変化と共にそれぞれの考え方は変わり、今もどちらが正義なのか、正しい方向性なのかがわからなくなっています。
特に、教育現場なんて難しい。
学習指導要領を読んでいても、このバランスをどう取るのかに頭を悩ませ、授業や課題を考えるのに多くの時間を要してしまいます。
もちろん、この論争に関しては様々な考え方がありますが、今回はあくまでも私の主観的な視点で「質」か「量」かを書かせていただきたいと思います。
ただ、僕の意見が絶対的に正しいというわけではありません。社会人経験は浅いものですから、現時点での考え方を述べることになります。おそらく、5~10年後には変わっているかもしれません。
前にもブログで書きましたが、これは自分の考え方の変化を見られる日記のようなものでもあります。あくまでも、現段階で自分がこの論争をどう考えているのかを見ていただき、面白いなと思ってもらえたらそれだけでありがたいです。
「質」か「量」か。
結論、①できないものをできるようにするためには、「量」をやってから「質」を求めることが大事だと考えています。しかし、②すぐにでも変えられるものは「質」を先に求めても良いと考えています。
①できないものをできるようにするためには、「量」をやってから「質」を求める
これまでも「成長」という言葉の意味を考えてきましたが、成長する=できないものをできるようにするためには、「量」をやらないといけないと考えています。
もっと言えば、「量」をやっていないのに「質」を求めてもあまり効果的ではありません。
例えば、学習が得意な人は具体から抽象にするのが得意です。でも、そもそもの具体を知らずして抽象ができるはずがありません。なのに、最初から抽象を学び、具体に全くあたらないとなると、学習の「質」は落ちてしまいます。
最初の方は、「量」をたくさんやらなければならないときがあります。たくさんやっていく中で、抽象を身につけ、だんだんと「質」を追い求める。これが、成長するためには最低限必要なステップです。
社会人になって、ある程度の場数を経験してから知る・できることが多いと身体で感じました。
頭で「質」を考えすぎても行動に移せなかったら意味がない。だからこそ、「質」を考えるくらいならまずやってみる。その姿勢で課題にたくさんあたっていく。
「量」をやって「質」を求めるプロセスは、学生であっても、大人であっても、変わらず必要なものだと思います。
ここは、学生のみなさんも、最初は辛い・大変なことが多いと感じる部分はあると思いますが、ぜひ「量」を意識してみてください。
ただ、注意しておきたいことが1つ。
ただ「量」をやっても意味がありません。やるなら、やっている行動の目的・意図をしっかり理解し、意識しながらやってください。何も考えずというのも、それはただ辛くなるだけですから。
②すぐにでも変えられるものは「質」を先に求めても良い
に関しては次回に書きたいと思います。