自殺予防の話をグループでしていたら
そもそも予防しなくてもいいのではないのだろうか
積極的に死にたいではないが
何となく死に傾きかける行動を日常でしてるのではないだろうか
生と死の選択って最後の選択できる主体性ではないだろうか
なんて話をしていて
でも死にたいくらい苦しいときに
1人でいるのは辛いし
生きる死ぬは置いておいて
誰かといるって大事だよねって話で私は落ち着いた。
私は本人が良いのなら安楽死もありではないかと思ってる。
(私の家の近くの林で病気を苦にしてというのもあった経験から)
ただ死って周りの人にショックも与えるから
私の場合は慎重ではありたいが
生きたいと死にたいと天秤にかけて
どれほど冷静に考えても
(今まで食べた植物や動物の命の悲しみを測りにかけてさえも)
どうしてもというならば(ここまで書いてて
私はどう足掻いてもサバイバルして生き残りそうだが)
・・・でも何だかんだ最後まで地球でただ一人になっても
死ななそうな気がします。
永久の命とかつい憧れていた時期ありました。
そうそう。同棲している彼女から夜問い詰められて
本当のこと言って
攻撃を何度受けたんだろ
信じられないなら信じなくてもいいという話もして
携帯勝手に見るのはいいが
不安になるなら見なきゃいいと思うのだが
それは男性側の勝手な言い分なんでしょうかね。
好き?じゃあどれくらい好き?どこが好き?
という連続質問は定番な気もしますが
どの答えを出しても否定と責められるの何なんでしょうね。
付き合うと弱くなり
自分の主張をするのが難しくなるのは
私の傾向なんでしょうね。
私が冷静なのも相手は嫌らしいのですが
続けるには冷静さと一歩引いてじゃないと
伴走は難しいなと思います。
付き合えてれば幸せ、羨ましい
など言いますが
新しき苦楽の始まりともいえると思います。
バレンタイン辺りは同棲記念日なのですが
記念日は何かあるのではないかと
ブルブル震えている最近でございます。