二月以来でしょうか? お久しぶりです! B4の山本悠登ですっ!
大学生として最後の夏休みが終わっちゃいました😢
皆様はどのような夏を過ごしましたでしょうか?
僕は8月終わりまでは程々に遊べましたが, 9月に入るとあまり遊ぶことができず, ちょっと物足りない夏休みでした(涙)
今日は, そんな夏休みをざっくり少しだけ振り返ろうと思います!
------------------------------------------------------------------
8月末には人生で初めて富士山に登りました. 前日の夜10時に大阪を出発し, ほぼほぼノンストップで富士吉田まで運転し, 朝5時半の5合目ゆきシャトルバスに乗って登山開始という, 世に言う弾丸富士登山というものになりました(良い子はマネしないでね). 今回は友達と登りにいったわけではなく, 母と登山しました. (7~8合目辺りからだったかな, )足場がごつごつとしてきてちょっとしたアスレチックのような岩肌の道を, 私が次に踏むべき足場を教えながら母と二人三脚で少しずつ登っていきました. 9合目というあともうちょっとのところで, 帰りのシャトルバスの時間の関係上, 母は惜しくも下山しなければならなくなり, ビデオカメラを託され, 時間もそんなになかったので残り険しい岩肌を駆け上がり, 僕だけ頂上まで登りました. (笑)
登りきるとそこには普段飛行機などでしかみられないような瑠璃色の空, そして眼下にひろがる雲の景色が広がっていました. そして, 僕は確かに何度も聞きました, 雷鳴が眼下の雲の中で「ドンッ!」と鳴る音を. (地上では「ゴロゴロ」ですが, 富士頂上で聞いた音はまるで爆発音のようでした)これが雷様を下に聞く, 日本一の山かと自然と思い起こされた瞬間でした.
御鉢巡りを行い, 登頂証明, 頂上の浅間神社でお参り・御朱印をいただき, 大きく深呼吸して下山開始しました. (バスの関係上あと2時間半で下山せねばならなかったので, 頂上では基本小走りでした)
下山はひたすらこのような足場の悪い(GLAYのHOWEVERのPVで出てきたような景色)斜面が永遠と続きました. 杖をもっていなかった僕は重力に身を任せながら駆け下り, すべての斜面からの衝撃を自らの二本の脚で受けねばなりませんでした. 吉田ルートは特に距離が長く, 「本当に初心者のルートなのか?」と疑わんばかりの地獄でした. (「あたしの膝を返してぇぇぇ」と近くの若者が叫んでいましたが, 正直心中の思いは彼と同じでした笑) 皆さんは, 必ず杖をもっていきましょう.
なお, 9合目で惜しくも下山した母曰く, 今度こそは登頂したいそうなので, 今度はルートを変えて再登山したいと思います.
---------------------------------------------------------------
9月に入ると, 甥が生まれました!
歳が離れている姉にずっと可愛がってもらっていた僕ですが, 今後それが無くなるというどこか寂しくなるような気持ちもありましたが, 可愛い赤ちゃんにはやはり勝てず, 叔父さんとなった今, 全力でお手伝いをしております. 良い叔父さんになれるように努めたいと思います!
また, この夏は人の"生"に対して人の"死"を知ることも幾つかありました. これまであまりそのようなことはなかったのですが, 近所の方, 親戚の方など自分にとって身近な人の死というのは心痛めるものです. 人は亡くなったらどこへゆくのだろうか...これは幼少期からの疑問ですが, それは今でもわからないし, 今後もわかることはないでしょう. 人生において「こんにちは, はじめまして」から「さようなら」の間は長いようで短いものに思います. そこに自分にとって大切な人(家族や友達, 恋人)とどれだけの思い出を作れるか, また自分自身がどんな起伏人生を日々の中で歩めるのか, そんなことに思いを馳せながら, これからも人生の登山/下山を繰り返していきたいと思わされた, そんな一夏でした.
下山後に見返した富士山の下山ルートの一部. 西日で照った斜面と空がきれい.





