0. はじめに
どうもお久しぶりです。修士2年の長澤です。まず初めに謝らなければならないことがあります。以前までにLittle By Littleと題して衛星運用奮闘記のようなものを書いていましたが、色々と私生活が混迷を極めており執筆にリソースを割くことができませんでした。あの記事自体も書き終えているところまでがピークではあるので、申し訳ないですが打ち切りといたします。もし楽しみにしていた人がいましたら謝罪申し上げます。
まぁだからといって、「何か新たにこんな話がしたいんだぜ!」というわけでもなく、ネタも特に無いのですが、書き物をしたいなという気持ちはあるという感じです。はい。
・・・本当にネタが無いので、自分のGoogle検索の履歴を見て自分が「へぇー」となったことを適当に3つ抜き出して書きます。苦笑いものです。
1. ミッフィーの本名はナインチェ・プラウス
そもそものデザイナーであるディック・ブルーナさんがオランダの方で、オランダ語でナインチェ・プラウスという名前が最初につけられたという話です。じゃあミッフィーはなんなのよという話ですが、ミッフィーは英訳だそうです。ちなみに日本訳はうさこちゃんとして知られています。
ナインチェは「小さいうさぎ(うさちゃん)」、プラウスは「ふわふわ」のといった意味で、一方miffyは英語で「イラっと来る」といった意味だそうなので、日本訳のうさこちゃんは分かりますがなぜミッフィーなのでしょう?
2. ビリケンさんの作者はアメリカ人
通天閣に飾っているありがたそうな存在であるビリケンさん。何やら日本の古来よりいる神様感がありますが、実はアメリカのイラストレーターであるフローレンス・プレッツによって1907年頃にデザインされたものだそうです。というわけで、アメリカではセントルイス大学のマスコットキャラクターになっております。
ではどういう経緯で通天閣に座すようになったのでしょうか?
1912年に大阪の新世界に遊園地「ルナパーク」が開園しました。その際に人気のあったビリケン像(初代)がやってきてルナパークの名物となったのが大阪にやってきた始まりだそうです。その後1923年にルナパークは閉園。初代ビリケンは行方不明となってしまいますが、ここでのビリケン人気が全国に波及、商家や花街では縁起物として流行します。また第18代内閣総理大臣の寺内正毅が尖った禿げ頭、吊り目だったことから「ビリケン宰相」と親しまれていました。こういったことを背景として、日本においてビリケンは近畿地方を中心に福をよぶ縁起物として根付いていきました。
そして1979年、通天閣に「通天閣ふれあい広場」をつくる際、新世界の名物であったビリケン像(2代目)を復活させることになった運びです。現在通天閣にいるビリケンさんは3代目で2012年から活躍しています。
3. フルハウスの三女は双子で役を回していた
1987年から1995年かけて放送されたハートフルホームドラマ「フルハウス」。私(1996年生まれ)が知っているのは夕方に吹き替え再放送がNHKでやっていたためです。このドラマに登場する3姉妹の末っ子3女のミシェル、実はキャストが双子で、各回入れ替わりで担当していたようです(当時私は全く気づきませんでした)。
ではなぜそんなことをしたのかという話ですが、カリフォルニア州の労働基準法で、幼児の1時間以上の撮影の参加は禁じられていたため、その点を補うためだったそうです。
この双子はオルセン姉妹として知られています。現在では双子でファッションブランドを立ち上げて商業的成功をおさめ、ファッション界で地位を確立しています。というわけで他のキャストと比べても明らかに出世してしまいました。そういう背景もありフルハウスの続編であるフラーハウスには参加していないようです。
4. おわりに
いかがでしたでしょうか?へえーとなっていただけたら幸いです。もう少しちゃんとした話のネタがたまったら書きますので、今回の所はこれで御勘弁ください。それではまたお会いしましょう。
<画像出典>
[1] https://elpais.com/cultura/2014/07/31/actualidad/1406825423_734409.html
[2] http://www.billiken.jp/
[3] https://losberridosdemanolo.blogspot.com/2021/07/293822.html


