寒くなってきましたが,みなさんお元気でしょうか?

 

大学院修士1回生の牛尾です.SSSRCでは主にロケットプロジェクトに携わっています.

しかし今回はSSSRCでの話ではなく,僕が最近思ったことについてこの場で語りたいと思います.

 

みなさんは「マウント」とってますか?

「マウントをとる / マウンティングする」とは,自分の優位性を相手や周囲に示す行為を指す言葉です.

 

例えば,こんなベタベタのベタな具体例があります.

  • 「君は私立大卒って聞いたけどどこの大学出身?MARCHとか?あ,ちなみに僕は東大卒だよ(ドヤァ)」
  • 「余ったお金の使い道に困ったからメルセデスのオープンカー買ってみたんだけど,助手席に乗せてあげようか?(ドヤァ)」
  • 「先月上司から結構大きい案件にアサインされちゃってね,期待されてる手前断ろうにも断れなかったんだ(ドヤァ)」

 

これらは僕の考えた「相応の実力はあるが言動がいちいち癪に障るタイプのエリート」のセリフです.

僕たち学生にはまだ縁遠いように感じられますが,僕らの中からもこういう人が出てこないとも限りません.

要注意です.

 

上の具体例はかなりストレートな場合ですが,以下のような場合も広義の意味でマウンティングに含まれるでしょう.

  • 「いやー,朝イチからずっと研究から手が離せなくてね,もう16時だけどこれが今日最初のメシ(苦笑)」
  • 「ほら,アタシって緊張しいじゃん?この前の発表も緊張しちゃってて全然ダメだったでしょ?(苦笑)」
  • 「タスクを夢中でこなしてたらいつの間にか窓から朝日が差してたよ(苦笑)」
 
このように,語尾が(苦笑)で形容される苦労自慢や自虐の類いは,
苦労に対する同情や自虐に対する否定を相手から引き出すことを目的とした高度なマウンティングである可能性があります.
いうなれば,「不幸自慢型マウンティング」です.「不幸⇒人より頑張ってる⇒偉い」という図式がそこにはあります.
 
この不幸自慢型マウンティングは,繰り出す回数が少ない,または相手も自分も同程度にやりあっているならば問題ありません.
人間には共感という尊い能力がありますから,むしろ苦労や弱みを互いに共有することで友情がより強固になる可能性すらあります.
 
しかし,友情に甘えて乱発したり,覆いかぶせるように一方的に繰り出すことは大変危険です.
人間には共感能力があると書きましたが,それは無償・無尽蔵のものではありません.
一方的にマウンティングを浴びせられ続けた人間は,その相手に対して共感をすり減らしてしまうおそれがあるのです.
そうなってしまったら最後,なんだか急に相手が疎ましくなってきて,今までの友情が義務的で面倒な関係へと変貌してしまうでしょう.
する側にそんな気がなかったとしても,された側がマウンティングだと感じてしまったらそれは同じことです.
この点に関してはいじめや痴漢と同様な構図なので,十分な注意が必要です.
 
このようなマウンティングによる友情の破壊を避けるためには,
自分が不幸話をした際には相手にも不幸話をするように誘導することが得策だと考えられます.
そうすることで,知らず知らずのうちに一方的なマウンティングをしてしまうという失態を避けることができるからです.
また,互いの不幸話には互いに同情の意を示しあうことが重要です.決して自分のほうが不幸だと対抗意識をみせてはいけません.
自分のしたい不幸話と同程度の不幸話が相手にない場合には,両者の間にその不幸話を持ち込まないことが適切でしょう.
いずれにせよ,過度な乱用は避けたほうが身のためだと思われます.
 
本記事では,不幸自慢型マウンティングという行為について僕が思うことを書きました.
あくまで僕の主観的考察なので,反対意見や異なる見解も多々あると思います.
この記事を読んで,我が振りを直そうと思った方や触発された方がいらっしゃれば幸いです.
 
しかし,人間関係ってとても難しい問題ですね.
おっと,夢中で記事を書いていたらいつの間にか日付が変わってました(苦笑)