皆様、お疲れ様です
ここ最近は自分の夜勤の関係で道場の動きを見てやれていません
それに伴い自主練も疎かになり息子には迷惑を掛けている気持ちで一杯です
道場の様子は嫁曰く、「初心者全体の足さばきができていない」と先生が注意されていたと聞きました
自分の考えは
どの部分が出来ていないのかは分からないが、内の子が出来ないのは自分が教えてないから当然だろう
足さばきは
相手がいてこそ、その効果を発揮しなければ意味がないと云う考え方です
そうなると相手の動きを想定していない状態で幾ら動きを練習しても、「何故、その様な動きになるのか」と言う理屈付け迄辿り着きにくい
だから現段階で足さばきが出来ているように見えても、それは「それっぽい動き」である可能性がある為、出来ない事は全く気にしていない
但し、先生から見て出来ないよりも出来ていると判断される方が良い
と、話をしました
「?」の仕草でした
先生に叱られたくないから言われた通りのイメージを膨らませた動きをする
褒められる動きを常識と擦り込んでしまうと後に続く柔軟な発想がなくなり、「気付き」が生まれにくくなるのではないか?
このようにして、今は動きを固めるよりも有るがままの動きで構わないという考え方に辿り着きました
壁を乗り越える為には、動きの答え(形)を自分で判断出来るヒントを見つける必要があるように考えます
見付けられないなら与えてやれば良い
自分の考えはこうだけど、どう思う?
と云う感じです
家では足の動かし方より前段階の練習しています
無我の動きと道場の動きの融合が生まれる「本人の気付き」を期待しています