GP250時代 その2
鈴鹿のチームで活動することになり、鈴鹿に行く機会が増えましたが、当時フルコースを走る時間は限られており、南コースで練習することが多かったです

鈴鹿のチームで活動することになり、鈴鹿に行く機会が増えましたが、当時フルコースを走る時間は限られており、南コースで練習することが多かったです

GP250クラスで南コースを走るのは結構楽しかったです。(ほぼ全コーナーでウイリーできる。)

その年の最終戦NGK杯(その昔で言うチャンピオンレース)に出場するも、ヘアピン進入でクラッチワイヤーが切れるアクシデント発生!(よりによってレース中に切れるとは・・・。)

せっかく出場したのにリタイヤは悲しすぎるので、そのまま走行続行。
意外とクラッチ無しでも走れます。(ヘアピン・シケインは慎重に回転を合せる必要がありましたが。)
淡々と一人旅をしてゴール。もう少しでトップにラップされるところでした。

せっかく出場したのにリタイヤは悲しすぎるので、そのまま走行続行。
意外とクラッチ無しでも走れます。(ヘアピン・シケインは慎重に回転を合せる必要がありましたが。)
淡々と一人旅をしてゴール。もう少しでトップにラップされるところでした。

特に良い成績も残せないままシーズン終了。
次の年よりレギュレーションでアブガスから無鉛ハイオクに変更になり、大きな出費とセッティングが出ないのに苦しめられることになる。
つづく・・・。(まだまだ続くよ~。もうよいですか?)