そんなこんなで、鈴鹿サーキットでレース活動を開始した矢先、レース活動をする為鈴鹿に移住していた
友人?が事故でバイクに乗れない体になり、(そいつはチェアスキーでパラリンピック目指してるとか、
かなり懲りない奴です。)「自分の代わりにマシン乗らないか?」と言われそのマシンでレース活動をす
ることになりました。
友人?が事故でバイクに乗れない体になり、(そいつはチェアスキーでパラリンピック目指してるとか、
かなり懲りない奴です。)「自分の代わりにマシン乗らないか?」と言われそのマシンでレース活動をす
ることになりました。
マシンは88’NSR250SP仕様


マンガやドラマでは、「奴のために」とかいって優勝したりするんでしょうが、現実はそんなにうまくは
いきません。
と言うか、何も解らずチームにも所属しておらず、ただがむしゃらに走ってただけなので無理も無いす。
(キャブセット・サスセット訳もわからずそのまま走ってました。)
いきません。
と言うか、何も解らずチームにも所属しておらず、ただがむしゃらに走ってただけなので無理も無いす。
(キャブセット・サスセット訳もわからずそのまま走ってました。)
この時にどこかのチームに入ってアドバイスをもらいながら走れていたら、もっと速くなれたんじゃないかと後悔。
その後、峠を走っていた仲間達もレースを始め、活動停止状態だったチームSSRTで活動するようになりました。(チームといっても峠の仲間が集まっただけで、結局大きな成長にはつながらず・・・)
出場したレースは南コースで行われるブロンズカップ(サンデーの予選に通れない人たちの為のレース)
それもサブレース・・・。自分の力なさを痛感した時代でした。

それもサブレース・・・。自分の力なさを痛感した時代でした。
