犬を飼ったことがない人には、わからないかもしれないですが、安楽死させるべきか、泣きながら考えました。人間にも最近は安楽死と言うのが話題になっているように、残される家族と、病気の痛みで苦しむ本人の間でどうするかが問題になっています。私自身の場合は、もう助からないときは、無理に治療しないで痛みを取って眠るようにしてあの世に送って欲しいと家族には言っています。
なのに、ラムちゃんには1日間でしたが、苦しい思いをさせたことが、本当にすまないと思ってます。
先生が言うように動物病院に預けておくと、夜間はだれもいないところで、さびしく息を引き取ることになりますが、そんなのは嫌でした。先生も、2つのことを言われ、12日朝は、まだ助かるかもしれない、わずかだが望みはある、しかしその可能性は低い、安楽死も選択肢に入れてもいいかもしれないと言われました。そして発作を起こしても、もう尿毒症で意識もあまりなく、痛みは感じていませんといわれ、それならば最後まで家族4人で、我が家で旅立たせたいと決断したのです。
13日の朝、先生にまた診察してくださいと電話した時に、先生は電話越しに、まだ大丈夫だったのかというように驚いたように感じられました。鎮痛剤が無くなり、結局、連れて行って診察台に載せた時にも大きく痙攣して、発作を起こしもうだめだということは家族も、先生もスタッフもわかりました。だから鎮痛剤を多量にもらい、看護師の娘と長女の手助けも借りてまた我が家に連れて帰り、鎮痛剤を点滴しながら我が家の居間で最後を迎えさせました。
今、腎不全で死ぬ人間はいないそうです、血液透析があるからです、しかし犬にはまだ装置も少ないし、静脈が細いので、首の動脈に直接透析機を繋げるため、全身麻酔が必要であることを、12日に別の動物病院に電話して知りました。この時点で私はあきらめてしまったのです。心臓に欠陥のあるキャバリヤには全身麻酔は無理なのです。
しかし今になって、あきらめたのは、私のせいかもしれないと思い悩んでいます。
この文章は、私とラムちゃんのために書いています。
なのに、ラムちゃんには1日間でしたが、苦しい思いをさせたことが、本当にすまないと思ってます。
先生が言うように動物病院に預けておくと、夜間はだれもいないところで、さびしく息を引き取ることになりますが、そんなのは嫌でした。先生も、2つのことを言われ、12日朝は、まだ助かるかもしれない、わずかだが望みはある、しかしその可能性は低い、安楽死も選択肢に入れてもいいかもしれないと言われました。そして発作を起こしても、もう尿毒症で意識もあまりなく、痛みは感じていませんといわれ、それならば最後まで家族4人で、我が家で旅立たせたいと決断したのです。
13日の朝、先生にまた診察してくださいと電話した時に、先生は電話越しに、まだ大丈夫だったのかというように驚いたように感じられました。鎮痛剤が無くなり、結局、連れて行って診察台に載せた時にも大きく痙攣して、発作を起こしもうだめだということは家族も、先生もスタッフもわかりました。だから鎮痛剤を多量にもらい、看護師の娘と長女の手助けも借りてまた我が家に連れて帰り、鎮痛剤を点滴しながら我が家の居間で最後を迎えさせました。
今、腎不全で死ぬ人間はいないそうです、血液透析があるからです、しかし犬にはまだ装置も少ないし、静脈が細いので、首の動脈に直接透析機を繋げるため、全身麻酔が必要であることを、12日に別の動物病院に電話して知りました。この時点で私はあきらめてしまったのです。心臓に欠陥のあるキャバリヤには全身麻酔は無理なのです。
しかし今になって、あきらめたのは、私のせいかもしれないと思い悩んでいます。
この文章は、私とラムちゃんのために書いています。