私の父は、1999年の12月25日に亡くなりました。

肝臓がんでしたが、その年の夏前に見つかった時はもう

手遅れでした。

春ごろから、腰が痛い、背中が痛いという話は聞いて
いました。

本人には話さず、11月に入ってから母がトイレの世話が

出来ないと言うことで所沢の病院に入院させました。

直接、先生からMRIの画像を見せられ、肝臓の約半分が

ガンになっており、延命をするか、痛みが少ないような

処置をするか選択を問われたので、治療よりも痛みが少ないように

お願いしました。

1週間に一度は見舞いに行くのでやっとな仕事の状態でした。

見舞いに行ったとき、父が今日は車で来たのかと私に尋ねました

「そうだよ」と言うと「家に連れて帰って欲しい」と頼まれました。

「お父さん、それは駄目だよ」と断りましたが胸が張り裂けそうでした。

今でも、自分はなぜ家に連れて帰ってあげなかったのか、連れて帰れば

会社に行って仕事が出来なくなることが頭にあったのかもしれません。

家で最後を見守ってあげるべきでした。

自分の冷たさに情けなくなります。

無くなる前の日に、看護師さんから、父は死期が近いので、遠くに出かけ

ないで欲しいと言われたばかりでした。


今、写真のジャンパー(父の形見)をもらって着ています。

20年以上前からこのジャンパーは良く父が着ていたのを覚えています。

その他の衣類はサイズが合わず、背広は時代遅れで捨てましたが

たとえボロボロになろうともこのジャンパーは最後まで、私が死ぬまでは着て行こうと思ってます。

無口だった父といつまでも居るつもりです。